気付けば、あれから約一週間が経っていた。 さやかの腰辺りに書かれた存在感のあるそれは、相も変わらず明後日の日付を刻み、あたしに主張し続けている。 今日まで少し考える時間を作ってみたりはしたけれど、勿論結論なんて出るわけもなかった。 元々この世界の人間ではないのだから、考えられるのは……消えてしまうとか、その辺りだろうとは思っている。 前に決意したように、あたしの好奇心と我儘でこんなことになってしまったのだから、さやかには幸せに、楽しく、笑顔で過ごして欲しいと日々を過ごしてきた。でも、それも明日で最後。 どういう理屈か何か約束があると外出することもあったので、明日は空けておいて欲しいと、お願いはしていたものの……何をするかなんて決められずにいた。そもそもデートを主導した経験がないから、何の選択肢もないわけだけど。 あたしは、隣で眠るさやかが起きないように小さく息を吐き、彼女と過ごす時間が減ったらいけないと、思考を放棄して眠りにつくことにした。 やっばい、完全に寝坊した。 僅かに開いたままの、扉の向こうから聴こえる上機嫌そうな鼻歌をBGMに頭を抱える。ていうか最近こんなのばっかだな……今までは去る者は追わず来る者は拒まずでいられたのに、相手の反応を窺ったり、ましてや自分が追う側になるなんて考えたこともなかった。 憂鬱な気分を無理矢理振り払い部屋を出ると、リビングのテーブルの上には朝食というには品数の多い豪華な料理の数々。それを用意したシェフはといえば、席に着くわけでもあたしを起こしに来るわけでもなく、黙々と食器洗いに勤しんでいた。 「さやか、ごめん」 後ろから寄りかかるようにハグ……というより抱きつくと、首元に額を擦り付ける。身長はそれほど変わらないので、少し不格好だがそんなことはどうでもいい。頭上から小さな笑い声が聞こえてきたけど、それもどうでもいい。ただただこわかった。この時間を失うことが。 「一華さん、おはようございます。ちょっと早いですけれど、お昼にしましょう?あ、でも……朝食はとっていないので、ブランチになるんですかね?」 「……おはよう。たべる」 嫌々さやかから離れると椅子に腰を下ろす。 せっかく作ってもらったのだから食べなくては失礼だ。 「いただきます。ん……おいしい」 あたしがそう言ったのを見届けると、さやかは微笑みでそれに返してくる。 一口食べるのを待っていたのか、その後に箸を取り手を合わせた。 「ごちそうさま」 「お粗末様です」 行儀良く二人で静かに食事を済ませる。すぐに食器を片付けようとするさやかをとめて、軽く腕を引くと今度はしっかりと彼女を抱きしめた。 「今日は何をするでもなく、一緒にいたいんだけどさやかの時間をくれる?」 「はい、もちろん」 それからは終着点も決めることなくただ流れるままに言葉を交わした。 アイドル時代の話、中高生時代の話。特に希望ヶ峰学園の話なんて、想像するだけでこっちまで楽しくなって来てしまうほど、おかしな毎日だったようだ。 「さやか……?」 話している間、ずっと握っていた手が突然強く締め付けられて顔を上げる。いつの間にか外は薄暗くなっており、部屋に差し込む光は少なくなっていた。当然さやかの顔は良く見えないのだけど、少し良くない空気になってきているのだけは感じ取ることができる。 「一華さんが私のことを覚えていないのは、やっぱりあの缶詰のせいなんですか?」 息が詰まった。なんで彼女が缶詰のことを?覚えていないって……なに? 考えなければいけないことが多すぎて言葉も詰まる。傷ついた表情のさやかに、何かアクションを起こさなければいけないタイミングであるはずなのに、口も体も動かない。動かしてはいけないとさえ思える。 「すみません。少し頭を冷やして来ます」 「申し訳ありませんでした!!」 「いや、意味がわからない」 本当に意味がわからない。さやかのことも、今目の前で額を床に擦り付けんばかりの土下座を披露する友人も。 「よくわからないからとりあえず座って」 「はい」 あまり人を呼びつけるべきではない時間だったにも関わらず、二つ返事で駆け付けてくれた彼女にも何か思うところがあるらしい。 わからないことが多すぎて、まずは最初に疑問に思ったことをぶつけてみる。 「腰のあの日付ってなに?あの日になると何が起こるの?」 「え?あああい、いきなり核心を……いや、はいすみません。………あれはね、缶詰を開けた人間への恋心がなくなる日のことなの」 「ちょっとまって……え?なに?あの子はこのままこの世界で生き続けられるの?本当に?信じられない……証明できる?」 そんなこと、証明できるわけがない。信じられない。だって、缶詰なんだよ?(でもあの子はどうみても人間にしか見えない) 「証明できるよ」 「は?」 「自分の腰、見たことある?もう消えてるかもしれないけど、それが証拠」 20/07/07 back |