残念ながら詳細まで覚えているのはここまでだった。
あの後、お気に入りのクイーンサイズベッドにふたりで横になり、何か大切なことを話した気がするのだけどその内容がどうにも思い出せない。しかし、思い出せないということはつまりそういう事なのだと思う。本当に大切ならいつか思い出せるはず。過去にも友人と話していて、そこだけぽっかりと抜けたように思い出せないなんてことはたくさんあった。結局そういう人間なんだ。あたしは。

コンビニ袋に最後の空き缶を入れ終え、口をきつく結ぶ、万一に備えてピンクの空き缶は他の缶に囲まれる真ん中の見え辛い所に捨て入れた。
今日は休みだし、と休憩がてらこの達成感に一杯ひっかけたいな……と思ったが、珍客がいるのを思い出しため息。
気持ちの整理も大体終わったし、そろそろ彼女と向き合わなければなあ……。

「おまたせ」と扉の向こうの寝室にいる彼女に声をかけた。しかし返事はない。
不思議に思い扉を開ければ、あたしの枕を抱いて眠っている彼女の姿。缶から生まれたからといっても、相手は可愛い女の子だ。昨日も言った通り、あんまり可愛いことをされては色々としたくなってしまう。あたしは我慢が利かない方なんだ。
吸い寄せられるように、少しめくれ上がった服の裾から手を差し入れる。吸いつくようにしっとりとした肌は流石アイドルといったところだろうか、麻薬のようにもっともっとと欲してしまうような肌触り。くすぐったいのか、少し身をよじりながら漏らす声もあたしを煽る要因にしかならず、あたしの行為はエスカレートしていくばかり……のはずだった。

ふと目にとまった文字に目が奪われる。右の腰に書かれたそれは、約一週間後の日付とまるで何かの商品のようなバーコード。いや、商品のようなじゃない。商品……なんだ。本物の人間ではない、本当に缶詰めのような存在。この日が訪れてしまったら、一体どうなるのかなんて想像もつかないけど、彼女には幸せになってもらいたい。目一杯甘やかしてやろうと柄にもなく……漠然と思った。
……そうだ。昨日は彼女の……唐突に思い出したそれに、押し入れの奥底にしまってあった道具を取りだす。即席で申し訳ないけど、喜んでくれたらいいな。


作業を終え、再び寝室に戻ると未だ気持ちよさそうに眠っている彼女……さやかちゃんを揺すり起こす。すぐに体は起こしたものの、目は覚めきっていないのか虚ろな瞳であたしを見つめる。それが可愛くてぎゅっと抱きしめ、ちょっとだけ唇に触れてしまったのは許されるだろうか。

「すみません……また」
「いいよ、可愛かったから」
「え?」
「あたしの枕、抱きしめてた」
「それは……お恥ずかしい。でも、とっても懐かしかったんです。ごめんなさい」

両手で小さな顔を覆い、指の隙間からこっちを窺うさやかちゃん。懐かしい……の真意はわからないけれど、悪い気はしなくて両手首を掴んで顔から剥がすとそのまま口付ける。

「あんまり可愛いことすると?」
「……もうしてるじゃないですか」
「だってさやかちゃん何してても可愛いから」
「謝らないんですか?」
「うん、謝らない。それとも嫌だった?」
「そんな訊き方ずるい、です」

「いやなわけ、ないじゃないですか」だんだんと小さくなるそう言う声。手首を掴んでいた手を離し指を絡ませ、少し離れていた体を引き寄せ抱きしめた。本当はもう一度キスをしようと思っていたのだけれど、さやかちゃんのその言葉になんだか罪悪感が湧き、躊躇った。彼女が今あたしに抱いている感情は偽物なんだと今更気が付いた。
彼女に幸せになってもらいたい、幸せにしたいなんて偶然彼女の缶を開けたあたしが思うなど出過ぎた真似なんじゃないだろうか。

「一華さん……大丈夫ですか?少し顔色が良くないみたいですが」
「大丈夫。心配してくれてありがとう」

違う、そんな顔をさせたいわけじゃない。この世界に生まれさせてしまったからには、幸せに笑顔でいてもらいたい。
あああ、もう。こんなにごちゃごちゃ考えるなんてあたしらしくない。こんなに可愛い娘があたしを好いてくれている。それだけで今は十分じゃないか。

「そうだ。さやかちゃん……いらなければ捨てちゃって構わないんだけど、よかったらこれ、どうぞ」
「……?」
「過ぎちゃったけど、誕生日おめでとう」


16/11/24


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