辺りに散らばった空き缶たちに目もくれず、あたしはリビングのソファに背中を投げ出し足を組む。
不本意とはいえこんな状況よくあることなのに、好みの女の子というだけでこんなにも緊張するのか。お酒と興奮のせいかまるで思春期の男子のような精神状態の自分に、アホらしくなってきて逆に落ち着いてきた。

その時、お風呂場の扉が開く音が聞こえた。ゆっくりと開くそれは人ひとりが通れる程開くと、中にいた人物がひょこっと顔を出し、あたしの姿を確認すると安心したように笑う。……何あれ、可愛い。
映像と同じ人物なのは確かだけど、やっぱり目の前で動いているのを見るのとでは違った。そしてなによりやっていることが可愛いかった。

「一華さん、シャワーありがとうございました」
「どういたしまして」

あたしの服を着た姿を全て晒すと彼女は綺麗なお辞儀をしてみせた。流石業界に居た期間が長いだけあって、とても同い年とは思えないその所作に目が奪われる。これがトップアイドルになれた所以か。……って、設定なのに何現実として受け止めているんだあたし。まさかこれがこの缶の改竄力なのか。

雨に降られたという設定なのだから当たり前だが、洗われ濡れた髪に気付き、ドライヤーを取りにソファから離れ寝室へ向かおうとすると、服の袖を掴まれた。

「どうした?」
「いや……あの、ひとりは寂しいなって」

俯きがちにそう言う彼女。そんな可愛いことを言う表情がどんなものか見たくて、掴まれていない方の手で彼女の眼前に垂れ下がる湿った髪を耳にかけた。露わになった顔を包むように親指で頬を撫で(お風呂上がりだというのに肌は乾燥知らずでしっとりとしていた)、顔を上げるように誘導する。その目は涙できらりと光っていた。

「さやかちゃん」
「はい」
「いい?」
「……はい」

頬を撫でた指で唇を優しくなぞりそう訊くと、彼女ははにかんで肯定の意を示してくれる。安易な性の対象だけとせず……なんて、あんなことを言われ、そんな顔をされてはあたしには無理だった。

顔を近づけると、少し乱れた彼女の息が顔にかかる。さらには唾を飲み込む音まで聞こえ、彼女の緊張が伝わってきた。初々しくて可愛いなあと思いながら唇を重ねると、融けてしまいそうなほどの熱を感じる。離す度に彼女が漏らす「一華さん」と、あたしを呼ぶ声に頭まで融けそうで、これ以上は歯止めが利かなくなると思い、すぐに行為を中断した。

「一緒に行こう」

怖がられないようにとなるべく意識した笑顔で言うと、視線は合わずとも彼女も笑顔を返してくれる。それに安心したあたしは彼女の手を取り寝室へ案内した。
ドレッサーの前に座らせると彼女の前に化粧水や乳液を用意。
「これ使える?」と要領の得ないあたしの質問に「敏感肌でもないし、私が使っている物と同じなので大丈夫ですよ、ありがとうございます」との返事。鏡越しでも目を合わせてくれない辺り、もしかして恥ずかしいのだろうか。

「あの、一華さん……」
「何?」
「髪……乾かしてもらえませんか?」

「タオルドライは済んでいるので」と彼女は続ける。
あたしとしては願ってもないことだが、女の子にとって髪の毛は大事な物だ。そう簡単に触ってもいいんだろうか、それともあたしの職業を知っての発言なのか?
頭の中にはてながたくさん浮かびはじめたところに「お願いします」と追い打ちが。……よし、そこまで言われてはやるしかないな。

適度な距離から温風をささっとあてる。しっかりタオルドライされた彼女の髪は低温ドライヤーでも難なく乾いていった。乾いた髪は少しのうねりもなく毛根からアイドルだった。
ブローしながら9割程乾いた髪に今度は冷風をあて仕上げ一息吐くと、視線を感じる。すぐに鏡へ目を向けると、視線を逸らす彼女の姿が見えた。その姿が私の何かを掴んである一つの衝動を突き動かす。

「あんまり可愛いことするとまたしちゃうよ?」

立ったまま座っている彼女の顎を軽く掴み上へ向け、口付けた。彼女は少し下を向いてからまるで期待でもしているかのような目でぎこちない笑みをこっちへ向けてくる。

「やっと目が合った」

あたしのその声に恥ずかしくなったのか、彼女は立ち上がると顔を隠すようにあたしの肩口に額を寄せた。その行動に「ああ、キスしたいなあ」なんて思いながら彼女を抱きしめるのだった。


16/10/9


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