「そこの君!」
「はい?」

聞き覚えのあるハキハキとした声に振り向く。そこにいたのは想像通りの人物……石丸くん。振り向いた私の顔を見るや否や「おお!千崎くんではないか!おはよう!」と眩しい程の笑顔。
朝からちょっと暑苦しいなあ、と思ったのは私だけの秘密だ。

「これから音楽室か」
「うん、なんでわかったの?」

その言葉に一瞬、間の抜けた表情を見せすぐに大きな声で笑い出す。
私、変な事言ったかな?

「千崎くんは超高校級のピアニストではないか!」
「うーん……でも」
「それに、この先は音楽室だ。体育の授業で指を怪我をする恐れのある競技にはなるべく参加せず、日頃からピアニストとして人知れず努力を欠かさない千崎くんの事だ。これもまた人知れず練習をしていると考えるのは容易い。他にもあ「もういいよ!わかった!……から」

聞いている途中で恥ずかしくなり、声を上げ遮る。まだ言いたい事があるのか不満そうだが、知った事ではない。だって、こんなにも顔が……熱い。石丸くんが努力に目敏いのは知っていたけど、普段は鈍感というか、空気が読めない節があるから、ここまで知られているとは思わなかった。でも……なんだろう、嬉しいな。少し緩んだ頬を片手で隠し「そういえば何の用?」と忘れかけていた事を問うた。

「そうだったな!感謝するぞ千崎くん!」

再度大きな声で笑う石丸くんに、いえいえ。と心の中で返し、彼の次の言葉を待つ。こんな早朝から見回りで忙しいだろうに、わざわざ呼び止めるなんてなんの用だろうか。

「千崎くん相手だと、少々言い辛いのだが……タイツが伝線しているぞ!」
「……本当だ。ありがとう」

良く見ると確かに伝線していた。
気付かないままだったら舞園さんに何されるかわからないし。と、無意識のうちに思う。私の中での舞園さんの評価はいつの間にか良からぬ方向へ向かっているようだった。しかし、テレビを見て憧れていたアイドルの真の姿がああなのでは、仕方がないと思う。
それにしても、どうしようかなあコレ。

「石丸くん」

用も済み、すっきりとした様子で立ち去ろうとする背中に声をかけた。
「なんだね」とその場で綺麗に回れ右をする石丸くんに自然と笑みが零れる。

「ねえ、これ破ってみない?」
普段は、取り締まるべき対象の物を自ら乱す(壊す)のってストレス解消になると思うんだけど。どうせもう穿けないし、好きにしていいよ?
そう言って彼の様子を伺うと、俯いた状態で両手拳を握り、わなわなと震え始めた。

「いいのか……」
「え?」

石丸くんにしては珍しく、消え入りそうな声で言う。きちんと私の耳には届いていたのだが、怒りで震えていたのかと考えていたため、言っている言葉を素直に受け止める事ができず、聞き返してしまった。

「いいのか。と言っているんだ」
「いい……よ?」

今度ははっきりとした声で、正面を向きそう言い放った。涙と鼻水を流しながらの一言だったため、流石に身の危険を感じ、身を一歩引く。1度良いと言ってしまった手前、今更断り難い。

「じゃっ……じゃあ、今脱いで来るね!」

確か、替えのタイツが鞄の中にあったはずだ。そう思い逃げるように石丸くんに背を向けたのだが、その刹那、手首を力強く引かれる。その際、「ひっ」と声が漏れてしまったのは本当に本当に仕方がない。(だって石丸くんってば、未だに涙を流しているし、目が本気過ぎて怖かったんだもん。そして何より舞園さんと同じ何かを感じ取ってしまったんだ)

「僕は……千崎くんが穿いているタイツを破きたい……」
「いしまるくん……?何言って……」

手首は離して貰えたものの、ジリジリとにじり寄ってくる石丸くんに私も後ずさる。私が穿いた状態のタイツを破きたいという石丸くん。いつかは壁に追いやられてしまうこの現状。朝も早く、誰か通りかかるなんて偶然は皆無に等しい。

「石丸くんごめんね」

鞄から急いで新品のタイツを取り出し、石丸くんに投げつける。火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、運良く顔面にヒットし怯ませ、逃げる隙を作り出す事ができた。

もう黒タイツも穿かない。自然と流れる涙に私は誓った。


14/1/5

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