私の入学した高校の同学年には有名人がいた。名前は千崎七緒。今や、天才ピアニストと呼ばれる彼女のことを知らない人などいないのではないかというほどの超有名人だ。
少し幼いながらに整った容姿。この高校に入れるだけの学力。持たぬものはなにもないのではないかというほど神に愛された人。これで性格でも悪くなければほんとにほんとの完璧超人だなあ、と私は彼女を一目見て思った。

なんの因果か私は彼女と同じクラス……そして右後ろの席になった。
数日過ごしてみて思ったのは彼女は性格も良いということ。そして人好きのするにこにこ絶えない笑みは大勢を惹きつけ簡単にクラスメイトを魅了した。
しかし私はそんな彼女に疑問を抱いていた。彼女の席は窓際のため、斜め後ろという絶好の場所から彼女を観察することができるのが私だけだった……というのが理由だろう。決して私の性格が悪いとか、そんなことではない。……と思いたい。

誰も気付かないような、ふとした瞬間に見せる憂いのある表情。私は何故だかこの彼女こそが本当の千崎七緒という人物そのものなのだと感じた。別に人の不幸を願っているとかそういうわけではないけれど、より人間らしく見えたその表情の彼女こそが本物ならば、より仲良くなりたいなと思ったのだ。
けれど、常に彼女の周りにはたくさんの人がいて大して話したこともない私が声をかけるのは少々憚られた。

しかし、この高校に入学して3ヶ月程経った頃。意図せず転機が訪れた。……彼女のほうから声をかけてきたのだ。

「ちょっと相談があるんだけどいいかな?」

二つ返事で了承すると、もう99%決定してることなんだけどね。と、続ける彼女。私に背中を押して欲しいのだろう。
しかし何故グループの違う、話したこともない私なのだろうか。

「自分の命よりも大切なものがあると仮定して、その大切なものを守るために家族を捨てなきゃいけなかったらどうする?」
「うーん、家族のカタチはそれぞれあるだろうから一概には言えないけど、私は全てを守って前に進みたい……かな」

私は彼女の言葉の真意を汲み取ろうと十分に咀嚼してから飲み込み、自分の考えを必死に絞り出すと彼女は嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれるのを期待して声をかけたところもあるんだけど、やっぱり相談してよかった。ありがとう赤松さん。私ね、本当は赤松さんともっと仲良くなりたかった」
「今からでも……!」

遅くない……と続けようとした私を遮る彼女の声は、今まで見てきた彼女の姿とは似ても似つかないすっきりとした表情で、まるで肩の荷が降りたかのよう。

「ううん、無理なの。これは、ここだけの話なんだけど……私、希望ヶ峰学園に行くんだ」
「えっ……」
「あ、そうだ。あと、謝らなくちゃいけないことがあるの」
「?」
「私、希望ヶ峰学園からスカウトが来た時、赤松さんじゃなくて私で良かったって思っちゃったの」

ごめんね。そうやって泣きそうに笑う彼女に、私は何も言えなかった。私がピアノをやっていることを知っており。なお且つ対等に扱ってくれている事実に私は……何も言えなかった。
今更仲良くなりたいなんて、遅すぎた。
転機は意図せず訪れたりなんてしない。自分から向かっていかなくちゃ何も変わりはしないんだ。

「大丈夫。いつか会えるよ、だって私たちにはピアノがあるでしょう?」

彼女の心からの笑顔に、私は何故だか溢れる涙を抑えきれなかった。


17/3/6

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