千崎七緒はどこにでもいる普通の小学生だった。普通の両親に、普通の家庭。普通にピアノができて、普通にコンクールで優勝し、普通にスカウトされ、普通にプロになった。

 自己主張もせず目立たない大人しい子どもだった七緒は友達もろくにおらず、比べる対象がいなかったため、それをずっと普通だと思っていた。しかし、彼女は自分が普通ではないことを知ってしまった。小学校5年生のことだった。
 担任の新任教師がたまたまピアノやクラシックが好きで、七緒のファンだったのだ。勿論、今までだって児童の親たちは彼女がプロだということを知ってはいたのだが、自分の子ども可愛さに目だって囃し立てたりなどされたことがなかったため、すごいすごいと褒められ彼女は狼狽した(両親はプロとして活躍していれば特に持て囃されたりしなくていいという考えで、自分たちもプロになってからは七緒を褒めた事がないという)。

 それからというもの、ピアノがきっかけで友達ができたり良い方向に変わる出来事もあれば、周りと比べることが増え、自分が普通ではないのだと思い知らされる悪い出来事もあった。
 例えば、両親。毎日のように死に物狂いで仕事を片付け、家で帰りを待っていてくれていると思っていた両親はただの無職。年齢、容姿、実力全てで有名だった七緒の収入だけで生活をしていたというのだから、幼いながらに彼女は早くここから逃げなければいけない。けれど、私がいなくなれば両親が暮らしていけないという葛藤に苦しんでいた。







 七緒が中学2年生になって少し経ってからだった。業界だけに留まらず、ピアノやクラシックを知らない人間でも彼女を知らない者はあまりいない、そんな世の中になって来た頃、彼女は周囲の期待通りに可愛く成長していた。
 当時から人気アイドルだった舞園さやかと千崎七緒だったらどっちと付き合いたいかなんていう下世話な話題も校内で良く上がっていた。ちなみに身近だからという理由で七緒の優勢だったようだが、これが災いし彼女は女子という女子にいじめられるようになった。
 元々友達の少ない七緒はピアノさえあれば他はあってもなくてもいいと思っているタイプの人間だった。なので、いじめが原因で友達がいなくなろうと大して気にしてはいなかった。けれど、大事な体を痛めつけられる事だけは困っていた。何故なら母親にこっ酷く叱られるからだ。「お前の手はお前の命より大切なんだ」「この手を失ったらお前には何も残らない」なんて、何度聞いたかわからない。七緒は自分でもそう思っていたし理解はしていたけれど、何故こんな親として不完全な人間にそんなことを言われなければいけないのだろう。という疑問もこの頃になると持ち始めていた。

 そんな時アイドル舞園さやかに出会った。彼女はいつでもきらきら笑顔で周りを元気にさせるアイドルの中のアイドルだった。そんな彼女に元気をもらったのは例に漏れず七緒もだった。そして、気付く。『そういえば、私……笑い方がわからない』
 演奏中は人が代わったように表情が変わる七緒だったが、普段の生活で笑ったことなど皆無だった。『そうか、笑顔でいれば敵を作らなくて済むんだ』
 怪我をして親にうるさく言われるのは嫌。最初はそんなきっかけだったが、練習した笑顔によって徐々にいじめもなくなり、友達が増えるにつれ友達の大切さも学ぶことができたのだから、彼女にとって舞園さやかとは本当に大きな存在だった。

 しかし、両親はそうはいかなくて「何へらへら笑っているんだ」という心ない言葉。そんな言葉を聞いた時、ああこの人たちは"金の成るお人形"が欲しかったんだと七緒はそこで初めて気が付いた。
 それから七緒は猛勉強した。元々高校に進学する気のなかった彼女は、全寮制の高校に入るという目標のためだけにピアノ以外で初めて努力をした。丁度事務所との契約更新も高校入学と重なっていたため、両親から離れる良い機会だと思ったのだ。

 結果は無事合格。両親とも一悶着あったが、お金は今まで通りそちらに振り込んでもらうからと言うと、すぐに許してもらえたという。
 事務所の方はと言うと、結局そのまま更新の手続きをすることに。社長が七緒の家庭における立場を予期していたようで、所属したばかりの頃からずっと収入の一部を別の口座で管理していてくれたらしく、感謝してもしきれないと更新するまでに至ったようだ。しかし、うまくやっているから彼女自身が親告しなければバレないと言っていたようだが社長が良い人なだけに七緒はそれがとても気がかりだった。

 そんな嫌な予感は当たった。高校生になって3ヶ月程経った頃、どこから漏れたのか、両親がその金について知ってしまったのだ。
 まとまった金が欲しかった彼女らは横領だと起訴しようとしていたところ、希望ヶ峰学園のスカウトマンと名乗る男が現れ、普通ではない大金を積んで示談を持ち掛けて来た。 それを見た七緒の両親は大金に目が眩み、示談は成立。スカウトマンの男……黄桜公一は七緒と縁を切るという条件を追加で提示したが、目の前の金しか見えない彼女らは書類に碌に目も通さず、その条件をも飲んだ。
 そうして、希望ヶ峰学園に助けられた千崎七緒は学園に編入することとなった。


16/9/11

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