「最近良くそれ使ってますね」

舞園さんがそう言って指さしたのは赤色の小瓶だった。いつかに盾子ちゃんに塗ってもらってからというものの、演奏の際タッチが若干だが良い方向に変わったため、愛用しているマニキュアだ。ちなみにこれは盾子ちゃんプロデュースのブランドのもので、塗りやすさと乾きやすさ両方に優れたもの。

「うん。盾子ちゃんにもらったの……可愛いよね」
「はい、可愛いです七緒ちゃんが。でも、七緒ちゃんにはとあるアイドルをモチーフに作られたこのネイルカラーの方がとっても似合うと思います」

そう言って舞園さんが取り出したのは来週発売の"アイドル舞園さやか"をモチーフにしたコスメのひとつ。青みがかった艶やかな黒髪をイメージしたのか、その色は濃紺だ。
内緒で数セット買わなければとチェックしていた品だったので、実物が見られたのが嬉しくて舞園さんの目を見つめたまま無意識に身を乗り出してしまう。

「やだ、七緒ちゃんたら大胆ですね!」
「あ!ごめんね……くれるのかなーって思ったら嬉しくてつい」

気付くともう少しでキスできてしまいそうな距離に、慌てて身を引く。ここは私の部屋なのだから誰かの目を気にする必要はないのだけれど、だからこそ気を付けなければいけないこともあるのだ。

「ふふふ、やっぱり七緒ちゃんは可愛いですね。勿論差し上げますよ、今から!」
「えっ」

そう言ってがしりと私の左手首を掴む彼女の顔は、それはもう素晴らしく可愛らしい笑顔。しかし相変わらず容姿にそぐわない力。
舞園さんは私の手をふたりの間にある机に固定すると小瓶を片手で器用に開け、乾いた赤の上から濃紺を重ねる。除光液あるよと伝えても「上書きするから意味があるんですよ」とと突っぱねられてしまった。

「私、知ってるんです」

突然の言葉にどきりとする。手首を掴まれた瞬間、一瞬でも思い出したあの日盾子ちゃんとあった攻防。おそらく、そんなやましい気持ちのせいだった。
けれど、残念なことに予感は当たってしまう。舞園さんは少し影を落としたような表情で続けた。

「ある日、教室で江ノ島さんと七緒ちゃんがキスをしていたの「ごっごめんね、でも指を舐められちゃったのは不可抗力といいますか!」
「え?」
「えっ」

墓穴を掘った。
舞園さんと付き合う前のことなので言う必要はなかったかなと後悔。でも、やましい気持ちは確かにあったので、言って良かったのかもと少しだけ思う。

「き、キスはしてないよ!鼻の頭にちょっと触れられただけ……」
「でも舐められたのは本当なんですね?ああ、もう江ノ島さんは何を考えているんですか、七緒ちゃんは私のものなのに、あああ、でもあの時はまだ……!」

彼女のハケを持つ手に力が入るのがわかった。白く変色した指先はやり場のない怒りにぷるぷると震え、表情も不満気だ。
しかし、舞園さんは何かを思いついたのか、途端に表情を変えて笑顔になった。

「もう全部上書きします……爪も指も七緒ちゃんの記憶も全部」

いつの間にか赤から濃紺に変わった左の指先。舞園さんは瓶の口を閉めるとふうと息を吐いて……私を座っていた椅子から立ちあがらせてそのままベッドへ軽く投げ出す。
塗ったばかりのマニキュアが取れてしまわないように、ベッドについてしまわないようにと気を使った結果とても間抜けなカタチで倒れた私は、状況が良く理解できず放心状態だった。

舞園さんは私の両脚の間に右膝を入れ、片腕が私の顔の真横に。はらりと落ちてきた髪の香りは同じシャンプーを使っているはず(私の情報網を舐めてはいけない)なのに私とは違った匂いで、ああ舞園さんだなあと思う。

「ん……」

彼女の香りがきつくなり、近づいてくるのを感じるとキスをされるのがわかった。しかし、それはあの時盾子ちゃんにされた鼻先。マニキュアの件でも思ったけれど舞園さんが嫉妬でこんなことをしているのかと思うと背筋がぞくりとし嬉しい気持ちになる。けれど、期待していた場所ではなく残念な気持ちだったのも確かだった。

鼻先から舞園さんの唇が離れると、上から順に額、瞼、頬と唇が降ってくる。次こそはと待っていると喉元と首筋に唇が落とされた。

「ねえ、くち……は?」
「ああ、もう!可愛過ぎです七緒ちゃん……!」

ついに待てなくなってしまい、彼女の制服の裾をくいと引っ張りそう訴える。普段の私なら考えられない行動だけれど、舞園さんの香りに包まれると不思議な事に彼女のことしか考えられなくなってしまうのだから、これはもう抗いようがなかった。
おねだりのおかげか、再び顔を近づけてくる舞園さん。垂れ下がる髪が邪魔なのか空いた手で耳元を押さえる姿が何だか色っぽくてきゅんとする。
可憐で清楚な押しも押されもせぬアイドルのこんな姿は私しか見られないのかと思うと、申し訳ない気持ち半分嬉しい気持ち半分という不思議な感覚になるのだった。

舞園さんの唇と私のそれが重なる。もう何度したかわからないキスにぎこちなさはなく、互いに啄むように何度も何度も口づける。吐く息はとても熱くて、だんだんと身体まで火照っていくのがわかった。

そしてどちらからともなく離れると、舞園さんは唐突に私の右手を掴み「さあ本題に入りますよ」と声を荒らげた。

「本だひゃあっ」

しゃべる暇も与えず舞園さんはまだ先の赤い私の指を口に含む。咥えたまま動く彼女の舌は盾子ちゃんよりも不器用でぎこちない。しかし、あの舞園さんが私の指を咥えている。という視覚的刺激は彼女の比ではなく、先程のキスのせいで身体が火照ってきていたこともあり、快感に恥ずかしい声が漏れる。

「江ノ島さんにどこをどうされたんですか?全部私が忘れさせてあげます」

舞園さんはそう言うと、止めていた行為を再開した。私の反応を見ながら指を這う舌は的確に私の弱点へ近づく。

「ぁふっ……はあっん」

指のまたに彼女の舌が及ぶと、盾子ちゃんに開発されてしまったのではないかと疑うくらいに反応してしまう自分の身体。舞園さんはそれが不満のようで頬を可愛らしく膨らませた。

「そんなに江ノ島さんのが良かったんですか?」
「ちがっ……ひぅっ……ま、舞園さんにされてると思うとっだめで……!」
「何がだめなんですか?」
「き、きもち、いいの……」

指の感覚に、自分の声に、頭がおかしくなりそうだった。それが嫌でせめて声だけはと思い、嫌味なことにあの時と同じ空いている左手で口を押さえる。しかしそれはすぐに舞園さんによって取り払われ、顔のすぐ横で指を絡ませベッドに縫いつけられた。

「だめ、ですよ」
「ゃぁっ……はぁっ、ん……やらっ」
「七緒ちゃんの可愛い声、聞かせてください」

だんだん慣れてきたのか、器用に動き回るようになる彼女の舌。なんの偶然か、盾子ちゃんにされた時のような順序で余すことなく愛される。けれど、先程も言ったように盾子ちゃんの比ではなく、舞園さんにされているという付加価値がより私をおかしくさせた。どれだけ舞園さんのことが好きなんだ、私。

全ての指を味わい尽くされると、再び顔に唇が降ってくる。今度は腕が縫い付けられているからか、圧迫感のあるキスで舞園さんの必死さが伝わってくる。そして、それを何度か繰り返すと満足したのか身体をきつく抱きしめられた。


16/9/2






嫌われるとでも思っているのだろうか「七緒ちゃんごめんなさい」という舞園さんの声は震えていた。私が舞園さんを思う気持ちが、こんなことで嫌いになれるほどの安い愛情ではないなんて思いもしないのだろう。付き合い始めて結構な時間が経つのに、彼女は私のこととなるととても弱かった。

「だいじょうぶ、うれしかったよ。……できるだけ舞園さんにわたしの"はじめて"あげたいし」

濃紺に染まった爪を見て言うと、舞園さんは「後でちゃんと塗り直しますね」と申し訳なさそうな表情。
だから、嬉しかったって言ってるでしょ。

「でも……」
「もう、強情なんだから……あ、そうだ。初めてと言えばね、じゃん!お揃いのミサンガつくってみたの。私、こういうのやらせてもらったことないからちょっと不格好なんだけど……もらってくれる?」

体を起こし、ドレッサーの引き出しからミサンガを取り出す。そこでやっと笑顔になってくれた彼女に安心して、こちらも自然と笑顔になった。

「もちろんです!わあ……」
「目立たないように足につけようか」

私の言葉に舞園さんは迷わず左足につけようとする。私はその意味にすぐ気付き指摘したけれど彼女は「大丈夫ですよ。みなさんの恋人って言っておけばなんとかなっちゃいますし、最近だと、アイドル×ピアニストがメジャーになりつつあるので」なんて良く分からない返答。

「舞園さんは何をお願いするの?」
「うーん、七緒ちゃんが名前で呼んでくれますように、ですかね」
「あ、えっと……そんなお願いなら、今……きくよ?」
「本当ですか!」

きらきらとした期待に満ちた表情で見つめられ息が詰まる。他の人とアイドルの話をしている際に言っている「さやかちゃん」とは全く重みが違った。

「さやか……ちゃん」
「はい、七緒ちゃん!」
「私も、さやかちゃんのこと好き、なんだからね」
「はい。でも私の方が七緒ちゃんのこと好きなんですよ?」


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