「自覚してないのかよ、萎えたわ―」

誰もいないと思っていた教室から声が聞こえ、咄嗟にドアの陰に身を隠す。忘れ物を取りに来ただけで別に何かやましい事があるわけではないので、やってしまったと後悔。
これじゃあ、入るに入れないじゃないですか。
けれど、隠れてしまったからには何とかしてこの状況を打破しなくてはならなくて、タイミングを計るために中の様子を伺う。
人の事を言えた立場ではないですが、こんな時間にこんな場所で一体何を……。

「え」

教室を覗き込んだ瞬間、私はまるで蛇に睨まれた蛙のように身がすくみ少しも動けなくなってしまった。
何故……貴女はこっちを見ているの。江ノ島さん。


江ノ島さんは私の姿を確認すると、ブランケットを被った人物に顔を寄せた。まるで漫画のワンシーンのようなそれの相手はスカートを穿いた女の子。しかも見覚えのあるその姿は……そんな。

「ああ、そういえば舞園だけど……七緒とキスした事覚えてなかったから」
「え?」

――七緒ちゃん。







彼女とどんな顔をして会ったらいいのかわからず、オファーを受ける事を渋っていたドラマを引き受ける事にした。どうしても私でないととギリギリまで粘ってくれていた監督には感謝をしなければならない。

しばらく七緒ちゃんと距離を置けば、忘れられる。あれは、きっと一過性の思い。大丈夫。きっと忘れられる。







ドラマの撮影が終わり希望ヶ峰に戻ってきた私が一番最初に姿を探してしまったのはやはり七緒ちゃんだった。
あんな事があったことも手伝い、最初は江ノ島さんと付き合っているのかと思ったけれどどうやらそれは違うようで、そこで私は江ノ島さんに良いように利用されたのだと気付く。でもだからと言って急に七緒ちゃんとしゃべれるようになるわけもなく、私は変わらず彼女を避け続けた。


「つ……つかまえ……たあ!」

しかし、その均衡は思っていたよりもはやく崩された。
七緒ちゃんは息も切れ切れに私の腕を掴む。やってしまったとびくりとはねる私の体。けれど想像よりも落ち着いている自分に驚く。そして、やっぱり七緒ちゃんが好きだなあと改めて思うのだった。

「七緒ちゃん……」
「私……舞園さんに何かしちゃったかな?もしそうなら謝るよ。ごめんね」
「……」
「……舞園さん?」

七緒ちゃんの言葉に申し訳なくなって俯く。

「七緒ちゃん!」
「な、な、なに?」

けれど、そんな事を思っている場合ではなく、ちゃんと謝らなければいけなかった。

「……ごめんなさい」
「え?」

たまらず七緒ちゃんを抱きしめる。懐かしい匂いになんだか涙が出そうになるところをなんとか我慢し、声を絞り出す。

「悪いのは私の方なんです」
「なん、で……?」
「江ノ島さんに唆されたんです……」

すると聞こえるため息。「そっか。全部わかった」と言う彼女の声はなんだか悔しそうだった。

「でも……良かったです。どんな理由であれ、七緒ちゃんが自分の意思で私の手を取ってくれた」







時間を忘れてしまうほど抱きしめ合っていた彼女の肩を軽く押す。七緒ちゃんは今更自分のしていた事に気付いたのか離れた途端に顔を赤くした。
それが私の知っている七緒ちゃんと何ら変わらず笑みが零れる。
しかし、これから言おうとしている言葉を思い出し、顔が強張った。

「七緒ちゃん……いえ、千崎さん」
「……はい」
「以前からずっと……お慕いしていました。私とお付き合いして頂けませんか?」

時間が止まったようだった。今まであんなことをしておいて、付き合えるなんて調子の良い事は考えていない。ただ、自分の気持ちに区切りをつけておきたかった。彼女と友達でも良いから仲良くしたかった。

「は……い。よろしくお願いします」

あまりに自分に都合が良すぎて嘘じゃないかと思い、頬を摘まむ。とっても痛い。

「舞園さん」
「なんですか七緒ちゃん」
「キスを……やりなおしませんか?」
「はい」

そうして交わした二度目のキスは、二度と忘れないだろう。


16/8/28

 top 
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -