「キスをしないと出られない……部屋?」

安っぽい深夜番組で見るような、安っぽい大きなボード。
そこにはでかでかと"話題の超高校級2人が挑戦!キスをしないと出られない部屋!"と書かれており、意図せず大きなため息が出る。
しかも、江ノ島盾子プレゼンツって……。

いくら盾子ちゃんでもこれはやりすぎだ。
世界にどれだけサヤカーがいると思っているんだ。本当にこれがテレビで放送されているとしたら袋叩きだ。ピアニスト廃業だ。

最悪、私とさやかちゃんの関係が露呈し……彼女の念願叶った夢だって奪ってしまう事になる。そんなのは、嫌だ。

「ううううううう」
「私とキスをするのがそんなに嫌ですか?」
「そんな!全世界垂涎もののご褒美嫌なわけが……!」

さやかちゃんは蹲った私に合わせ目の前に屈むと、私の手を取って微笑む
気持ちの悪い発言にも嫌な顔をひとつせず笑っていられるのはプロ所以か、愛故か。
その答えはさやかちゃんのみぞ知る。ってやつだけれど、よくよく考えてみれば最近のさやかちゃんのメディアでの態度や発言は、私に関する事ばかりだった。

「嬉しい。私もそう思ってました。……そうだ。知ってました?七緒ちゃんも結構男性に人気なんですよ。普段と演奏中のギャップがいいんだとか。私、嫉妬しちゃいます。七緒ちゃんは私の大切なお友達なのに」

なんて言う彼女の目は、本気と書いてマジというやつで……桑田くん曰く百合(?)営業というのを一切行わないらしい、さやかちゃんらしくない発言の数々。
本当の事を隠しきれないといえばそれまでだが、アイドル活動に支障が出ないように外堀を埋めているような気がして、少しさやかちゃんが怖くなった。

そういえば以前、あまりにも桑田くんや山田くんが百合百合うるさいので、どういう意味か気になって調べてみた事がある。
ギャル×ピアニストだとかアイドル×ピアニストだとかピアニスト総受けだとかこの学園どころか、この学年を彷彿とさせるワードが関連として表示されたのけれど、すぐにさやかちゃんと霧切さんに履歴ごとページを削除され、二度と検索するなと釘を刺された。
結局その謎は解決されないまま、「ナマモノは良くないわ」なんて言っていた霧切さんの手によって文字通り闇に葬られたという。

後に女の子同士のやりとりを百合と言うことがあると教えられたけれど、やはりあのワードが気になって未だに腑に落ちてはいない。
というか、

「な、なんで近づいてくるのかな」
「何を言っているんですか、キスをするために決まってるじゃないですか。七緒ちゃんはここから出たくないんですか?」

蹲っているのが辛くなった私は、膝立ちになりそのまま後ずさる。
すぐにベッドにぶつかってしまったため逃げ場はもうない。

「でも、キスなんて、そんな……さやかちゃんの今までの努力を無駄にするなんてできないよ。たとえどんな事があっても、何をしてでもさやかちゃんにはアイドルを貫いて欲しいと、私は思っているから」
「七緒ちゃん……」

感動したように目尻をそっと拭う仕草。本当なら私も感動していい所だと思うのだが、やっぱりさやかちゃんはさやかちゃんだった。
目は乾きに乾いているし(せめて嘘泣きくらいはして欲しかった)、空いている方の手はがっしりと私の腰にまわっている。

こんな事では自分のアイドル人生になんのダメージがないという自信でもあるのか、口元は力なく歪み始めていた。
勿論、そんな顔は私以外に見られるわけにはいかないので私にしか見えない程度に距離は近い。そう、近いんだよさやかちゃん。離れて……可愛過ぎて目を開けていられないよ。
しかし、目を瞑ってしまってはさやかちゃんの思うつぼなので目を開けているほかなかった。

「んぅっ……」

腰を引き寄せられ、鼻にかかった声が漏れる。
いつかと同じ様な状況。しかし、変わった二人の関係につい笑みが零れた。
もう受け入れるしかないかな。とあの時と同じく彼女の甘い香りに思考が惑わされ、思い始めるも

「では私は、アイドルを貫くために七緒ちゃんにキスをして部屋を出なければいけませんね」

という彼女の言葉で我に返った私は、咄嗟に顔を逸らし、さやかちゃんの唇から逃げる事に成功した。

そしてすぐに聞こえたぴんぽんぱんぽんという間の抜けた音と鍵が解錠する音を確認し、互いが互いの頬にキスをするというなんとも阿呆な結果で、この騒動の幕が降りたのであった。

その時のさやかちゃんの表情はこの先忘れる事はないだろう。


16/7/24

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