「つ……つかまえ……たあ!」

息も切れ切れにそう言って、ずっと接触したかった人物の腕を掴んだ。それとほぼ同時に、びくりとする彼女の反応から見るに……私が話しかける隙があったのは、本当に偶然のよう。

あれからずっと考えてみたけれど、自分が知り得ない感情について一人で悩んだところで、正解なんて判るわけもなく……
短絡的で、もしかしたら彼女を傷つけてしまうかもしれないと理解していても、本人に訊かざるを得なかった。

「七緒ちゃん……」

力無い声で、私の名前を呟く舞園さんに、今度は私が驚く。
不意打ちでないと話すことは叶わないと思っての仕方のない行動だったのだけれど、振り向いた彼女の表情に、どうにも居た堪れない気分になった。

テレビで見るよりも、血の気が失せた顔。
メイクと照明で誤魔化せてしまうくらいの細やかな違いなのだが、不本意であるとはいえ、少し前まで毎日のように顔を合わせていた私の目は誤魔化されない。

「私……舞園さんに何かしちゃったかな?もしそうなら謝るよ。ごめんね」
「……」
「……舞園さん?」

私が謝ってすぐに俯いてしまったため、どんな表情なのか読めなくなってしまったのだけれど、怒っているのか、わなわなと震える舞園さん。

「七緒ちゃん!」
「な、な、なに?」

私の名前を叫ぶと同時に顔を上げた。
何を言われてもいいようにと、していた心の準備が間に合わず、喉が詰まり言葉が吃音になる。
言葉が後に続かないので、先よりも血色の良くなってきた、恐ろしく整った彼女の顔を見つめた。
しかし、そう簡単に事態が好転することもなく、彼女にしては珍しく、容姿にそぐったしおらしい態度で、何かを躊躇う素振り。
……何それ、可愛すぎるんだけど!!

「……ごめんなさい」
「え?」

ふわりと柔らかな物に包まれる。
勿論それは、舞園さんに抱きしめられた感触なのだが、不思議な事に、いつものように、抵抗したくなるような嫌らしい抱擁ではなかった。

「悪いのは私の方なんです」
「なん、で……?」

事情と現状が把握できず、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
いつもと違う態度の舞園さんもそうだけれど、私が一方的に悪いものだと思っていたから尚更だ。
しかし、舞園さんが悪いなんて、一体どういう……

「江ノ島さんに唆されたんです……」

なんの脈略もなく出てきた盾子ちゃんの名前に、私は驚く事無くそれを自然に受け入れる。
……受け入れるどころか、全貌がなんとなく想像でき、もやもやもあっさりとなくなってしまい、盾子ちゃんに敵わないのはわかっていても悔しくなった。

「でも……良かったです。どんな理由であれ、七緒ちゃんが自分の意思で私の手を取ってくれた」







どれくらいの時間だろうか。
暫く互いに抱きしめ合っていると、両肩を軽く押され密着していた身体が離れる。私は急に羞恥を覚え、顔に血が上るのを感じた。
舞園さんはそんな私の顔を見てか、安心したように小さく微笑むと、真剣な表情になる。
これから何を言われるか自然と解ってしまい、身体に力が入った。

「七緒ちゃん……いえ、千崎さん」
「……はい」
「以前からずっと……お慕いしていました。私とお付き合いして頂けませんか?」
「は……い。よろしくお願いします」

緊張で詰まりかけそうになる声を絞り出す。
もう、痴がましいなんて言わない。
舞園さんが私の事を必要としてくれて、私が舞園さんと一緒にいて楽しいと思えるなら、理由とか、条件とか、そんなものはいらない。
恋とか、愛とか……そんなの知らないけれど、たぶんこれがそれなんだろうなと、ただ漠然と思った。

「舞園さん」
「なんですか、七緒ちゃん」
「キスを……やりなおしませんか?」
「はい」

そうして交わした"初めて"のキスは、なんだか懐かしい匂いがした。


14/8/12

 top 
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -