自覚


「りゅーじ」

急に名前を呼ばれた竜児は一瞬びくりと身体を震わせる。
声の主を確かめようと振り返れば、そこには疲れたような表情のなまえがいた。

「お、おい、どうしたんだそんな顔して」
「なんか、いきなりクラスの人たちが……」

なまえがため息交じりで話し出したのは、何やら最初のプールの授業以来、クラスの男子がなまえを引っ切り無しにお昼に誘うようになったというもの。
実際、竜児もあれ以来なまえを見る目が変わったため、その男子たちの気持ちはなんとなくだが理解できた。
勿論悪い意味ではなく、良い意味で印象が変わったのだ。

「だからさ、しばらく一緒に食べてくれないかな?」
「おう、いいぞ。北村とか、大河とか……櫛枝も誘おうぜ!」
「うん、ありがとう」

安心したようになまえは笑みを浮かべる。
実乃梨や亜美とは、また違う魅力を持った可愛らしい笑顔がそこにはあった。







「おお、初めましてだよな。俺は北村祐作。よろしく」
「俺の名は櫛枝実乃梨。みのりんって呼んでくれて構わないぜ」
「逢坂大河」

無事に3人を誘うと自己紹介が始まった。
北村は過剰な握手。実乃梨は見た目にそぐわない言動。
そして大河は、北村が掴むその手を睨むことでそれぞれがなまえに多大なるショックを与えていた。

「わ、私はみょうじなまえです……よろしく」

自己紹介も一通り終わると、北村は握っていたなまえの手を勢いよく離す。
その瞬間、大河の痛い視線からも解放され、安堵のため息をなまえは吐いていた。

「ささ、自己紹介はこれくらいにして弁当だ弁当!」







騒がしくも賑やかな昼食も終わり、竜児はコーヒーを買いに席を立つ。
自動販売機を使用できる時間帯だというのにその周りには人気がなかった。
これならなまえを誘えばよかった、と竜児はふと思う。
折角クラスの男子の脅威から逃れられたというのに、竜児の友人という新しい脅威を与えてしまった事に、申し訳なさを感じていた。

「おさき!」

脇からすっと伸びた白い手が、竜児の手をすり抜けてコインを投入口に放り込んだ。突然の割り込み行為。……こんなことをするのは一人しかいない。

「またお前か、……今度は何だ?」
「べっつに〜」
「はあ、またそれかよ」

竜児が大きくため息をつくと亜美は自販と自販の間の隙間に座り込む。視界の端に映る亜美はいつもと違い、何となくしおらしい。

「お前、水着買いに行ったあの日から変だよな」
「……バカな高須くんでも気付いちゃう?」
「お前な……」
「頭から……離れないの」
「は?」
「気付いたら目で追ってる……あたしにはないものを持ってて嫉妬?……じゃなくて……羨ましいのかな。ああなれたらな、ああなりたいなってたぶん思ってるんだと思う」

俯いてそう話す亜美に竜児は何と声をかけたらいいかわからなかった。
というより……何を言っているのか理解できなかった、というほうが正しいだろうか。

「高須くんは、なまえちゃんと幼馴染なんだってね」
「ああ」

「ちょっと……ううん、かなり。ずるいなーって……思っちゃった」

「やっぱあたし、おかしいよね」
亜美は自嘲気味に笑った。


09/2/1

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