すれちがい


平日の夕方。
竜児たちは明日のプール開きに備え、水着を買いに来ていた。
これでも街一番のショッピングスポットなのだが、人気はほとんどなく、特に竜児たちのいる水着売り場は寂れていて、眠気を誘うようなアロハのBGMだけが静かに流れている。
そんなフロアの片隅、実乃梨は地味な水着を吟味しながら、竜児に話かけてきてくれていた。

「高須くんは水着あるの?柱の向こうは男子用だって」
「……いや、俺は去年のが…」
「ん?高須くん、どうしたんだい?」

実乃梨は竜児の視線が自分でも柱の向こうでもないことに気が付くと、竜児の頬に自分の頬を寄せて視線をたどる。
だが、実乃梨がこんなにも近付いても気付けないほど竜児は驚いていた。

「あれは隣のクラスのみょうじさんではないか!」
「なんだ……おまえも知ってるのか、あいつ」
「みのりんレーダーを甘くみないでくれたまえ。彼女のことはもうすでに調査済みだ」

声色を低くし、そう言うと実乃梨はありもしない眼鏡のブリッジを中指で押し上げる仕草をする。

「この水着、どうかなあ?」

背後からかけられた声に、実乃梨と竜児が振り返ったのはほぼ同時。

「おうっ!」
「わあ!」

えへ、と小首を傾げてはにかんだような笑み。……だった亜美だが一瞬にして驚きの表情に変わる。
――視線の先にいたのはなまえだった。

「あ、あれ?なまえちゃんもお買い物?」
「ああうん……去年のが着れなくなっちゃって」

なまえは亜美と目が合うと恥ずかしそうに下を向く。亜美ちゃん、超!超!超!かわいすぎ!などと思っているわけではない。なまえはただただ恥ずかしかったのだ。例えば、その白い肌。漆黒の水着から伸びる長い足。細くしなやかな腕。あまりに綺麗で、完璧すぎた。

「じゃあ、あたしが選んであげる!なまえちゃんなら何でも似合うと思うなあ!」

相変わらずの笑顔で嫌味っぽく言うと亜美はなまえの手を引いて水着を選び始める。
――そんな格好でウロついて恥ずかしくねえのかよ。と、誰もが思った。

亜美は数ある水着の中からかなり地味めなものをなまえの目の前に出すと「これなんか、良くなあい?なまえちゃんのイメージにぴったりい」そう言って試着室に押し込む。

「なあ」
「なあに?」
「何やってんだ、お前」
「べっつに〜、ていうか高須くんには関係なくなあ〜い?」

はあ、と竜児は呆れたように息を吐く。本当ならなまえを助けたいところなのだが、今の亜美にかかわるのはやめた方が良いのは目に見えていた。

「あ、あのっ」
「着替えたー?見せて見せ……」

よく見ないと気付かないくらいに唇の端を歪めると、亜美はなまえの入っている試着室を覗く。しかし、その余裕はすぐに消えた。
あはは、と力の抜けた声を出すと、亜美はその場にしゃがみ込んで頭を抱えだす。

「おい、今度は何やってんだ」
「……やっぱり、ギャップって大事だよね」

そう言うと、亜美はおよそ似つかわしくない大きなため息を吐いた。
いつものぶりっこ外面パーツを取った辺り、本気で落ち込んでいるようだった。

「あ、あの、川嶋さん?へ、変……かな?」

その瞬間なまえは試着室のカーテンを少しだけ開けて顔を出す。
最初こそ亜美だけを見つめていたのだが、別の人物に気が付くと、不安そうな表情は一変して驚愕に変わった。

「りゅっ、りゅりゅりゅーじ!?」

「え?え?だってさっきまであっちに」そう言いたげに竜児を見るなまえは熟したリンゴのように真っ赤。
それにつられるように竜児の顔も赤くなる。

「変じゃないよ…全然変じゃない……だから高須くんにも見てもらおうか、ほ、ほら男子の目って大事だからさ」

少しだけ立ち直ったのか、亜美はそう言ってなまえの手を引っ張り試着室から引きずり出す。

「きゃあっ」
「おわっ!」

確かに、全然変じゃなかった。
というより、亜美と同等と言っても良い程に引き締まった身体をしていた。
なるほど、だから川嶋は落ち込んでたんだな」と竜児は覚る。
制服や私服を纏ったなまえのイメージは良く言えば普通。悪く言えば地味。
……だが、この水着姿のなまえはどうだろう。地味な水着だからこそなまえの綺麗な身体が際立っている。つまり、なまえを陥れようとした亜美の行動が裏目に出たのだ。

「なまえちゃんこれにしよっか……うん、これがいいよ!」

引きずり出したかと思えば、今度は試着室に押し込む。そして再度ため息を吐くと自分も試着室に入っていった。







先に試着室から出てきたのはなまえだった。
亜美と同様に、こちらも暗い。

「ねえ、りゅーじ。川嶋さんって絶対私のこと嫌いだよね」

そう言い残すとレジまで歩き出した。
すると今度は亜美が出てくる。

「ねえ、高須くん……亜美ちゃん、なんかおかしいみたい」

それはまるで独り言のようで、本当にそう思っていた竜児も簡単に肯定することはできなかった。

「なんなんだよ、お前ら……」

そんな竜児の言葉は、二人には届かない……。


09/1/31

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