あいあいがさ


小さい頃、あたしは雨が好きだった。
長靴を履いて、傘も雨合羽も使わず走り回っていたのを良く覚えている。
でも、中学生にもなってそんなことをできるわけもなく、今…あたしは降り続けるこの雨を、眺めることしかできない。

ジメジメとしたこの空気。折角気分のいい日だったというのに、気分はガタ落ち。確かに危ないかもなとは思ったけれど、ここまで酷いとは思わなかった。まあ、酷いと言っても傘なしで帰れないこともない…と思う。

「これ止むのかなー」

下駄箱の下に敷かれたすのこの上に座る。
携帯で調べてみると、朝まで降り続けるとしか書かれていない。
…ああ、憂鬱だ。

「傘、ないんですか?」
「うん、忘れちゃったんだー…って、し、しししし詩音…!?」
「はい」

ど、どうしよう。
こんな時間、こんな場所で詩音に会うなんて…!
びっくりしたのと、詩音が近くにいるのとであたしの心臓は大変なことになっている…。
まともにしゃべれる気がしないよ!

「二人で使うには小さいですけど、入りますか?」
「え…あ、い、いよ…走って…帰るから」
「はあ、…じゃあ、訂正します。入りなさい」
「うう、…はい」

相変わらず強引な詩音に引っ張られ、同じ傘に入る。
やばいやばいやばい。
ありえないくらい早く、大きく心臓が鼓動する。

「なまえ…」
「…!」
「何びっくりしてるんですか、もっと寄らないと濡れますよ」

ほら、持って下さい。
詩音はそう言うと、あたしに傘を押し付けてきた。
え?な、なななんで?

「こうやってくっついてれば濡れません」

あたしの左腕を胸に抱きしめ、悪戯に笑い言う詩音。
さらに動悸が激しくなり、胸が苦しくなってきた。
こんな状況から早く逃げ出したくて、自然と早足になる。

「なまえ、どうしたんですか?…早すぎです」
「え、いや…」

絶対、詩音はあたしの反応を見て楽しんでる…!こんなに近いし、絶対心臓の音聞かれてるだろうし、ああ、なんでこんなことになってるんだろう。

「せっかくなんだからゆっくり歩いて下さい」
「はい…(せっかく?)」
「(雨が降っているこの時間だけでも、なまえが自分のものになる。…そんなこと思ってるなんて、口が裂けても言えない)」
「詩音…」
「なんですか?」

ありがとね。
そう言ってあたしはできるだけ笑ってみせた。

「何言ってるんですか、困っている人がいたら助ける」

それがなまえならなおさらです。
眩しいくらいの笑顔でそう返され、恥ずかしくなる。

「詩音にとってはそれが当たり前でも、あたしにとっては嬉しいんだ」

でも、こんなあたしに優しくしてくれるなんて、詩音は変わってるね。
あたしが冗談のようにそう言うと、詩音はその場で立ち止まり、あたしの身体を引き寄せた。
そのいきなり過ぎる詩音の行動で、持っていた傘は大きく弧を描き遠くへ飛ぶ。

「しおっ…「"こんな"なんて、例え本人でもそんな風になまえのことを言うなんて許さない」
「え、」
「なまえは、私の次に、いえ、私の命より大切なんですから!」

抱きしめていた手に力を込め、詩音は力強く言った。

それは、あたしのいいように理解して(とって)いいのかな?
遠くへ飛んでいった傘を取りに行った詩音の背中を眺めながらあたしはそんなことを考えていた。

「さあ、帰りましょう。…なまえ?」
「勘違いなら、それはそれでいいんだけど」

詩音は、あたしのこと好きなの?

刹那、無音の世界が広がった。
降っているはずの雨の音も聞こえず、
とくん、とくん…と、規則正しく鼓動する、自分の心音だけがいやに耳につく。

「……」

しばらく沈黙が続くと、詩音が口を開くべく大きく息を吸った。

「好きですよ、どうしようもないくらい…なまえが好きです」

そんな詩音の言葉に、それこそどうしようもないくらい嬉しくなる。

あたしも…。と言おうとしたその矢先、詩音の指があたしの唇に押し付けられた。

「大丈夫です、ちゃんとわかってますから」
「…っ」
「大好きですよ、なまえ」








あいあい


09/11/08

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