かさなる影


特に理由もなく、ただ家に帰りたくないというそんな思いで、私は放課後の教室にいた。音楽プレイヤーを片手に、一人で教室を独占。なんて贅沢なんだろう、と思いながら最近お気に入りの曲を聴く。時は既に部活動が終わるような、そんな時間帯。旧校舎のせいでグラウンドは良く見えないけれど、ソフト部の声が聞こえた。

「そろそろ帰らなきゃ」

ソフト部の号令を合図に、私は散らばっていた私物をかき集め鞄に詰め込む。実乃梨に会えるかも。なんて思ったけど、やっぱり恥ずかしいからやめ。着替えの時間もあるし、今行けば鉢合わせするなんてことはないと思う。しかし、そこには実乃梨がいた。なんでここに……

「おー!なまえ!こんな時間まで何してんの?」

かわい子ちゃんの夜道は危険だぜぇー。なんて高らかに笑う実乃梨。私には実乃梨がここにいる方が不思議なんだけど。(まだ暗くもないし)

「んあー、忘れ物したんだっぺー」

探し物は何ですか〜と、どこかで聞いたような歌を大声で歌いながら自分の机周辺を探す実乃梨。私も手伝ったほうがいいのかな?そう思って手を伸ばすと、実乃梨に怒られる。

「手伝わなくても平気。あー、そーいやあなまえ、いっつも音楽聴いてるけど何聴いてるの?」
「え……ああ、聴く?」

何だか変な様子の実乃梨。急に話題も変えてくるし、どうしたのだろう。でも、私にそのことについて触れられる勇気なんてなかった。私の問いに実乃梨はすぐさま頷くと、つけていたイヤフォンの片方を奪う。やばい、なにこれ、近い……

「き、聞こえる?」
「うん、聞こえる」

大好きな曲。これを聴くと、リラックスできるはずなのに、自分の心臓はバクバクと落ち着きなく鼓動する。どうしよう。これ、絶対実乃梨に聞こえてる。「これ、なんて曲?」不意に実乃梨が私の方を見てそう言う。しかし、私にその質問に答えることのできる余裕なんて皆無だった。

「なまえ?」
「ごめん」

真っ直ぐ私を見つめてくる実乃梨。だめ、だめなの。そんな純粋な目で私を見ないで!実乃梨の両肩を手で押して自分から遠ざける。でも、実乃梨はそれを許さなかった。

「そんな反応するってことは、期待して……いいの?」
「え?」
「ほら、ちゃんとこっち見て」

実乃梨は私の顔を両手で挟み、自分の方へ向けさせる。だめ、だめなんだって……。こんな顔見られたら……!



「言うぞ!言っちまうぞ!?」
「な、なに?」

私の言葉に実乃梨は目を伏せると、大きく深呼吸をする。

「UFOも幽霊も見えなくていいって……、見えない方がいいって言ったけど、今なら見える。私は、なまえが好きだ」

自然と涙が…溢れた。実乃梨に幽霊が見えた。実乃梨が本音を言ってくれた。実乃梨が好きだと言ってくれた。嬉しくて、嬉しくて、もっともっともっと涙が溢れた。涙で目が霞んでよく見えないけど…実乃梨が困ったように笑ってる気がする。

「実乃梨……すき。私も、好きだよ」

私がそう言うと、実乃梨は涙を優しく拭い、私の瞼に口付けてくれた。






かさなる影

(そういえば、実乃梨の探し物って何だったの?)
(うおお、そ……それは訊かねえ約束だぜ!?)
(実乃梨?)
(うっ……なまえの写真だよ。いつもは手帳に挟んであるのに、うっかりしてて)


09/8/16

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