何度も貴女に恋をする


「あっ、響子ちゃん……だめだよ」

自分から発せられたものとは、にわかに信じ難い甘い声で目が覚めた。
私は今、とんでもない場所でとんでもない夢を……。

「やだ、なまえったら欲求不満?」

周囲に人がいるのを確認しようとした刹那、頭上から降ってくる声。
あまりにも突然で、些か呆気にとられる。しかし、その声の主が盾子ちゃんだと気付いたその瞬間、寝起きだというのにすぐ状況を理解した。

「おはよう、盾子ちゃん。どう考えても盾子ちゃんのせいだと思うんだけど!大体ここ盾子ちゃんのクラスじゃないんだけど!わたし一応先輩なんだけど!」

背後からわたしを抱きしめ、胸元に手を這わせる盾子ちゃんに声を荒らげた。
誰もいない放課後の教室だったから良かったものの、蜜柑ちゃんでも此処にいたらきっと殺されていただろうなと思う。

「アタシのせい?そういえば最近ヤってないわね……」
「常習的にわたし達がいかがわしい事してるみたいに言わないでよ!」

まるで本当の事の様に真剣な表情で悩む盾子ちゃん。わたしの突っ込みを華麗にスルーし、それどころかわたしの胸を触り、淫夢(?)を見せるという悪行をも綺麗さっぱり忘れたかのように「そんなことより……」と、それはそれは楽しそうに切り返して来る。そこだけ切り取ってみれば、何の変哲もなく、至って普通で、ありふれた言葉。そんな言葉にわたしは怒りを覚えた。……けれど、わたしが盾子ちゃんに逆らえるわけもなく、黙って盾子ちゃんの話を聞くことしかできない。

「霧切とはどこまでイったわけ?」
「!……何の話?」

形の良い唇で孤を描き、意味深長なニュアンスで言う彼女に一瞬息が止まる。
これ以上盾子ちゃんと一緒にいると、キスをしてしまったこととか、キスをしてしまったこととか、キスをしてしまったこととか……兎に角余計な事を吐かされてしまうのではないかという不安に駆られた。……早くここから離れなくては。
しかし、未だに身体を這う彼女のしなやかな指を乱暴に振りほどこかんとするが失敗に終わる。それどころか、両手首を掴まれ座った状態のまますぐ近くの壁に押し付けられてしまった。
……無駄に綺麗な顔が無駄に近い。

「いたい」

流石に腕が痛くなってきたわたしは折れてしまうのではないかと顔を歪め、盾子ちゃんを睨む。そんな些細な抵抗をした所で解放されるとは思わないが、全て思い通りになると思われるのは困るのだ。
とは言ったものの「へえ、なまえにもそんな顔できるんだ」なんて、愉しそうに舌舐めずりする盾子ちゃんに、腕よりも先に、そして容易く心が折れた。もう、どうにでもなれ。……だ。







そうして、洗いざらい白状させられたわたしは心身ともに疲れ果て、一人図書室で伸びきっていた。
どうして一人なのかと言えば、盾子ちゃんのせいとしか言いようがない。
先に来てしまった旨を響子ちゃんにメールで送り、テーブルに投げ出していた腕をぐっと伸ばして、そのまま突っ伏した。

盾子ちゃんに言われた「キスはしたのに手も繋げてないの?」という言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。(あの時の嘲笑は死ぬまで忘れないだろう)
そりゃあ、繋げるものなら繋ぎたいさ。でも、響子ちゃんは……

「なまえ」
「あれ、響子ちゃんだ」

投げ出されたままの手が、突然冷たい何かに覆われ、驚いたわたしは顔を上げる。その正体が響子ちゃんだった事にもう一度驚かされた。

「ごめん、いつもなら足音でわかるんだけど」

目をぱちくりとさせた後、静かに「そう」と響子ちゃん。
わたしはそれを確認すると彼女から視線を逸らし、未だ触れたままの手を見つめる。あれ、これって手を繋ぐチャンスなんじゃない?
そんな考えが浮かぶがやっぱりわたしにそんな勇気はない。考え過ぎなんだろうなとも思うけれど、響子ちゃんが嫌がることは絶対にしたくないから、その考えは勇気と一緒に飲み込んだ。



「いつもは貴女が……なまえが何を考えているのかわからないけれど、今回は私でもわかるわ」

しかし響子ちゃんはわたしの考えを見透かしていたようで、机の向かい側から隣に移動すると、あろうことか両手袋を静かに外しわたしの手を握った。
わたしは驚いて響子ちゃんの名前を呼ぼうと声を出そうとするのだけれど、うまくいかず吃音になってしまう。

「きょ、こちゃ」
「どうしたのなまえ」

やっと声が出たと思えば響子ちゃんの大らかな笑みに声が詰まる。いつの間にか絡められた指から伝わる自分とは違う皮膚の感触に、息をのんだ。
わたしなんかに見せてくれるなんて夢でも見れるんじゃないか。
「貴女が思っている以上に私は貴女を大切に思っているわ」なんて、そんなの幸せすぎるよ。


17/1/5

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