はじめてのおと


目を開けると、マスターではないヒトが私の目の前にいた。
「あ、目……覚めた?路地裏で倒れてたんだけど、覚えてるかな?」そう言って私の顔を覗いてくるそのヒトは、マスターとは違う……優しい目。
ニンゲンと同じサイズである私のような新型のVOCALOIDを拾うだなんてなかなかに骨だろうに、カノジョはそんなこと一切感じさせない穏やかな表情でこちらをじっと見ていた。

「貴女、ぼーかろいどってやつ……?ごめんね、どういうの疎いんだ。でも、見たことあるなあって思って」はにかむように微笑む姿は本当に綺麗で、マスター……いえ、"以前のマスター"とは違うとすぐに感じた。もし、こんなヒトと一緒にいられたら、私は……

「ねえ、もしかして」
「はい。私は捨てられました」
「……そんなっ!」

私の言葉に「なんで、なんで」と胸を押さえて声を上げ涙を流し始める女のヒト。こんなの、私の方が"なんで"だ。なんで私のような機械のために……そんな。
「泣かないでください」と慰めようとしても、カノジョは「ごめんね」というだけで、涙を流し続ける。宝石のように綺麗なそれに「ああ、もったいないな」という感情が生まれた。


「っ……うっく、……」

少し時間を置くと、落ち着いてきたのかカノジョは涙を零すのをやめた。濡れた瞳に光が射し込みきらきら光る。

「(きれい……)」
「ねえ、貴女……」
「ルカです」

「ねえ、ルカ。私じゃ……貴女のマスター?にはなれないかな?曲は作れないけど、一緒に歌うことはできるよ」そんなカノジョの言葉に、暗かった私の世界に光が射し込む。そうだ。「歌わないVOCALOIDに価値はない」なんて、私を歌わせることもできないニンゲンに言われたことなんて、忘れてしまえばいい。

「いいのですか?」
「うん、もちろん。ルカがいいなら……だけど」
「はい!マスター!」

「絶対に捨てないでくださいね」
「うん、約束するよ」
そう言うとマスターは私を抱きしめてくれた。とくん、とくんと規則正しく鼓動する心臓。
……それが私の、はじめてのおと。


(マスター。嬉しいのに、涙が……)
(涙はね、嬉しくても出るんだよ)


執筆09/10/15
加筆16/10/17

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