わかったことはひとつだけ


「好きな人がいるの」

 会長と二人だけの生徒会室。黙々と作業を続けていた会長は、「あ……」と今しがた思いついたかのように唐突に口を開いた。
 まるで「今夜の夕飯はペリメニなの」とでも言うかの様な軽い調子だったものだから、何かの間違いかと思った私は訊き返していいものかと思案する。
 間違いと言えば、今こうして彼女と二人きりで生徒会室にいるという事実もまた、自分にとってみれば間違いのようなものであり、所謂"恋バナ"というものをするような仲ではないため、より一層私を悩ませた。

「会長、今何と……」

 訊き返さなければ、生徒会長でもあり、先輩でもある会長を無視したことになってしまうと気付いてしまった私は、本当なら聞きたくもない言葉を聞くために訊き返す。ありきたりだけれど、私は絢瀬会長が好きなのだ。
 私のその声に、書類を一心に見つめていた視線は此方へ向き、気だるそうに片手で頬杖をついた。私に近い方の腕が彼女の小さい顔を支えているため、心なしか距離が近い。それに加え、表情もその仕草も全てが新鮮で動揺が隠せない。唯でさえ顔に出やすいから気をつけなければ。

「すきなひとがいるの」

 薄く整ったくちびるから、ひとつひとつ丁寧に紡がれる言葉。愛しい恋人を思い浮かべているかのような優しい表情に胸がずきりと痛む。その相手が私だったらいいのに、なんて思うけれど、学年も違っていれば部活も違う。……生徒会本部でしか顔を合わせない私の事を会長が好きになってくれるはずもなかった。

「あら、もう逃げないの?」
「今のは条件反射と言いますか……」

 普段よりも、距離が近い気がする。という錯覚からか、吐息が頬をくすぐってくるような気がして、反射的に椅子ごと身を引く。しかし、彼女はそれを許す事なく、追いかけるように自らも椅子ごと前に出た。

「条件反射?ふうん……」

 瞬間、びくりとはねる体。感情に素直過ぎる自分に泣きたい気持ちになりながら、悪戯が成功した子どものような表情で笑う想い人を見る。
あることないこと吐かされ、私の絢瀬会長への想いが露呈してしまったら大変だ。話を戻さねばと、奮起しようとするのだけれど、μ'sのメンバーと一緒にいる時でしか見た事がないような、酷く楽しそうな表情にその気持ちが押し負けそうになる。
 だから、会長可愛いなあ、好きだなあ……とか、そんな事考えてる場合じゃないんだってば!

「そんな事より、会長……」
「そうね」
「……まだ何も言っていません」
「私の好きな人の話でしょう?」

 それとも、シゴトが先かしら?くつくつと楽しそうに笑いながら言う彼女に、呆然。だって、今までの絢瀬会長なら、生徒会室でこんなにも無邪気に、無防備に笑う事なんてなかったから。
 良くも悪くも彼女を変えてしまった、敵うわけもないアイドル研究部の部員に底知れぬ敵対心……否、嫉妬心が芽生えた。希先輩には及ばないにしても、私の方が長く彼女と一緒にいるのに、彼女を支えているというのに。

「μ'sのメンバーですか?」
「え?」

 できるだけ興味がなさそうに装って問えば、不意をついてしまったのか、気の抜けた表情と声で曖昧な疑問が返ってくる。
 少しだけ開いたままのくちびるに、触れたい欲望を抑え、会長の好きな人の事です、と緩む頬を隠すように、笑いながら答えた。

「何笑ってるのよ……」
「すみません。絢瀬会長が可愛くて、つい……会長?」

 いきなり机に伏せた会長に、どうかしましたか?と訊くも返事はなく、行くあてのなくなった視線が泳ぐ。
 具合でも悪いのではないかと、流石に心配になった私は、少しだけ彼女との距離を詰めた。
 あれ……?
 髪と髪の隙間から見える耳が赤い(赤いというよりも桃色に色づいているといった方が正しいかもしれない)。元々白いからか、鮮やかで艶やかで引き寄せられるように手がのびる。

「ひゃっ」
「あ、ごめんなさ……」

 咄嗟に顔を上げた会長に今度は私が驚く。その顔はまるで恋をしている少女のそれ(好きな人がいると言っていたのだから当たり前なのだけれど)。その表情があまりにも可愛くて、美しくて目を奪われ熱が伝染する。
 私と二人きりの状況でそんな顔をされたら、勘違いしますよ、会長。


16/9/11

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