イチゴ味キャンディー

どしゃああああああん

耳が轟音を拾ってから瞬時に私の頭の中では平仮名に変換された。きっと4年と半年前だったら何事かと皆が窓に駆け寄り外を眺めその光景に絶句するところだが、すっかり慣れ切ってしまった三門市民は轟音など耳タコ状態だったりもする。

またかあなんて呟きながらなんとなく列になってだらだらと廊下を歩く高校生はシェルターに向かう足取りもなれたもので、それは勿論念入りに行われる避難訓練の賜物なのだが、正直緊張感などなく寧ろまるで子供向け番組に出てくる怪獣のような姿をしたトリオン兵に興奮さえしている者もいて、世間が思うほど三門市というのはその危険に嘆き悲しんでいるわけではないのだということが分かる。そんな風にして誰もが面倒臭いという感情を隠しもせずにいるところに、素早く目を走らせて私が探していたのは同じ教室からこの廊下に出た筈の出水公平だった。

鈍いクリーム色の髪の毛はごった返す人ごみの中で一際目出つ。自分から幾らか離れた場所に出水を見つけた私はたらたら歩く同級生を掻き分けて彼に近づいていった。

「出水」

遠くからだと丁度出水の体に隠れていたらしい先生と彼は話しているようで─多分それは出動についてだが─顔だけをこちらに向けた出水がちょっと待ってと声を上げた。すぐに話は纏まった様で少し離れた場所でそわそわと立つ私のほうへやってくる。

「遠いから他の隊員が先に着いちゃうかもしれねーけどちょっと行ってくる」

幾らか低い位置にある私の眼をしっかりと見据えて少し焦った様に彼が言う。その眼は普段ふざけている時の男子高校生のそれではなく、戦場に向かう人のそれだった。

「私は」

私は行っちゃ駄目?
そう聞きかけて自分から口を噤んだ。只の訓練生である私などが行っても何の役にも立たないことは誰の眼にも明らかであったし自分でもそれは十分に分かっている。第一訓練用トリガーはいざという時、例えば民間人の避難や救出の手助けだとかにしか使用する事は出来ない。今回は門が開いたのは市街地寄りの警戒区域内。私と出水がこうして話している間にも他の隊員が望まれない訪問者を片付けているだろう。私がすべき事は高校生がきちんとシェルターに行く所を見届ける事だ。

「ごめんなんでもない…いってらっしゃい」

せめて快く送り出そうと遅れながらも作り笑いを顔に広げると出水が困ったように頭を掻いた。目にかかる前髪が揺れる。茶色の瞳も揺れる。

「力不足を感じてるのかもしんないけどさ、誰にだってそういう歯痒いときってあるから、福留だけじゃないよ」

ああなんか上手く言えねーけどさあ、そういってぐしゃりと今度は私の髪を乱す大きな手が暖かくってなにかが胸のうちに広がるのを感じる。

「うん、まあ取り敢えず行って来る」

そう言って駆け出した出水の背中を追うのは多分私の視線以外にも沢山あって、それに気づかないくらい真っ直ぐに突っ走る君が好きだなとぼんやりと思う。

届け 届かなくていい 届け 届かなくていい

…とりあえず今のところはすきって気持ちより頑張れって気持ちが伝わればいい、かな。

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