永遠じゃない恋人

それは恋をする女である以上しょうがないことだとは思っている。
感情の一種なのだからどうしようもないし、
嫉妬≠ニいう感情を持つということは、私が彼のことを好きだという証拠である。


それは、ふとしたときに、些細なことでおこるのだ。


例えば昨日の放課後。
バシンと小気味よくきまるスパイクの音は、バレー部の体育館に響いたものである。
そしてスパイクの前のトスを上げた男、及川徹。

「きゃー、おいかわせんぱーい!」

私の横の、多分下の学年の女の子達が黄色い声を上げて、彼の名前を呼んだ。
彼は振り返って、にこりと笑ってこちらに手を振る。
女の子たちは真っ赤な顔をして騒いでいる。
そのまま視線をスライドさせた及川は、私の顔を見ると、にっこり笑顔を崩し、
驚いたように小声でなにかを言った(私にはしまったというようにしか見えなかった)。

「律ちゃん!遅くなるから待ってなくていいって言ったのに!」

「私が待ちたかっただけ。それとも嫌だった?」

「いや全然嫌じゃないけど!ていうかむしろ嬉しいけど!でもやっぱり暗くなるから
どうせなら練習終わるまで待ってて送ってくからあと着替えるだけだから!」

一息に長い台詞を言い終わった及川の後ろに岩泉が立っていることに気づいていないのは
本人だけだろうが。

となりの女の子達はこちらを見てヒソヒソとささやきあっている。
及川に彼女がいることを知らなかったのだろうか。

岩泉の手からボールが放たれたところでどうやら練習は終わりらしく、
選手はスクイズボトルを手にし、汗を拭き始める。
すると及川に近づき始める女の子達。手には手作りと思われる差し入れ持ちで。
どうにも気分が悪く、私はその場を立ち去った。

別に女の子達が悪いとかしまったと言った及川が悪いとかそういうことじゃない。
この胸の重さは確実に自分のせいだ。
例えば付き合い始めてから3ヶ月たつのに
私が及川の彼女だと知っている人が少ないとか。
相変わらず及川がモテることとか。

そんなのにいちいち嫉妬するなんて心が狭い以外の何者でもないし、
そもそも私が及川の彼女だと知名度が低いのは
私があまりベタベタしたい気質じゃないから知っている人が少ないだけだし、
及川がモテるのなんて最初からわかりきっていたことで、
今更だと言われたらそれまでだ。
そんなしょうもないことを私が考えている間に、
及川はいつだって「彼女いるからごめんね」とやさしく笑って差し入れを断るのだ。

何が嫌って、自分の経験値の無さである。
今まで面倒くさいことが嫌だとか言って恋愛事を必要以上に避けていたものだから、
甘え方もしらないし、嫉妬という感情の向ける方向もわからないのだ。
これほどまでに自分の経験値を恨んだのははじめてだ。

鞄を取りに戻った教室からは真っ赤な夕焼けが見えた。
見事なまでに赤と紺のグラデーションとなっていて、目を奪われた。
時計を見て時間の猶予を確認してから窓際の席へと座る。
私の椅子より高かった。

窓の外に目を奪われていると、わっと後ろから声が聞こえて、
ゆっくり振り向くと着替えを済ませた及川がいた。

「律ちゃんって、びっくりしないよね〜」

「そうかな。結構びっくりしたけど」

「そうなの?全然そう見えないけど。」

夕焼けへと視線を向けた及川のあとに続くように、私ももう一度外を見て、
結局顔を見て言えなかったなと思いながら小さく呟く。

「誕生日、おめでとう。ごめんねプレゼントまだ決まってないんだ」

教室には及川と私の呼吸音しか聞こえなくて、それは確かに及川の耳へと届いたはずだ。
コイツのことだから「楽しみにしてたのに」だとか絡んできそうだな、と心の中で予想をたててみた。なのに返事がない。

「及川?」

顔を向けると、ぽかんと呆けたように口を開けた及川がこちらを向いている。

「何?」

「いや、律ちゃん、俺の誕生日知ってたの?」

「去年大量にプレゼント貰ってたよね。」

納得したように頷く及川の耳が夕焼けのせいじゃなく赤くて、180cmごえの大男に
向かって不覚にもかわいいとか思ってしまった。

「欲しいものある?」

「んー、特にないかな。」

「かっこつけなくてもいいよ」

「やっぱりある」

即答した及川に笑いながらなに、と答えると、
少し間があって手首に手が触れたのを感じた。
及川の顔が私の方を向いていて、それは珍しく真剣味を帯びた表情だった。

「律ちゃんの嫉妬」

囁くように言い終えてから、にっと口角を上げた及川の瞳にうつるは
呆けた私の顔だろう。

「・・・嫉妬なんて、いっつもしてる。今日だって可愛い差し入れもらってて
すごい嫉妬した。」

いつもだよ。いつもいつもずうっと。
でもきっと及川は気づいてないと思ってた。
にっこりと笑った及川のそれは作り笑顔なんかじゃなく、口を開いて

「知ってるけどね」

そう言ってのけた。この男は悔しい位、格好よくて綺麗だ。そしてなにより強い。
どうしたって及川の想像の範囲を越えることのできない私の心は、
もうすっかり及川にほだされていて、
それは不本意なので最後にひとつ悪あがきをしてみようと思う。

はじめて私からしたキスにこれからの嫉妬と恋心を混ぜて。

この男は格好いいから、永遠に私のものであることはないだろうけれど。
今だけは、あなたが唇を許す私でいさせて。

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