世界の片隅で

学校は高校生にとって世界だ。
そこで上に入るか下に入るか。
それだけで、3年間の生活が大きく変わる。

たかが3年、されど3年。

決して長くはないけれど、短くもないその時間を楽しくすごすには、
それなりの努力と、運とが必要だ。

私は見てくれが周りより少し良くて、そして周りより少し勉強ができた。
そんな自分を最大限に生かして、よく見せる方法も知っている。
中学生の時から続けてきた、いや、もっと前だったかもしれない。
兎に角、自分に少し殻をかぶせて、上に入ろうとする私の努力と呼べるのかどうか怪しい癖は、
もはや呼吸と同等になっていた。



のに、なのに。

あいつは、黄瀬は、それをぶち壊すように、私に向かって囁いた。



「オレには、無駄なことをしているようにしか見えないっス」



黄瀬の言葉には私に受け流させないだけの迫力があって、
しっかり被せたと思っていた私の殻に、簡単に穴を開けた。
ただ単に、よく知りもしないけれどかっこいいと少し有名な同学年の男子に、
あくまで彼の意見を言われただけなのに、私はどこか、
存在さえ否定されたような気分になって、その言葉は重く心に住み着いている。
それから私は黄瀬に対して恐怖心と、驚きと、そのほか色々な感情を含んだ複雑な何かを抱いている。





「律〜、今日暇?クレープ食べたい気分だから一緒に行こー」

朱莉は、勉強が出来て、可愛くて、フレンドリーで、少し派手で、ホントは少しプライドが高いけど、
クラスの中心的な人で、私の親友。たぶん。
私はそんな朱莉のとなりに並ぶのに相応しいよう、気をつけている。
例えば、間違っても朱莉よりモテないようにだとか、ホントはできる勉強をちょっと苦手なフリしてみたりだとか、キャラがかぶらないようにだとか。
そして極力朱莉の言うことには従う。けれど、対等な関係。きっと。

「おー、私抹茶クレープ」

「えぇ、律一人で一個食べんの!?太っちゃうよ、チョコバナナクレープ半分こしようよー」

「んー、いいよ」

言いながら水色のウォークマンと水色のイヤホンをカバンからポケットに移す。
これも朱莉とおそろい。ホントは薄いピンクが良かったけれど、ピンクは朱莉の好きな色。
だからしょうがない、水色は私が二番目に好きな色だから全然気にならない。

「あれ、もしかして律数学サボる?屋上?行ってらあ」

「うん、昼休みには教室帰ってくるわ」

数学は得意なので、たまにこうして授業を抜かないと朱莉を簡単にこえてしまう。
そんなの、ダメだ。

屋上のドアを開けると、冬もそろそろ終わりなのだが、肌寒い風が吹き込んできて、
無意識のうちに短いスカートを抑えた。
四時間目のチャイムが鳴り響く校舎の屋上には、雲に隠れた太陽が、申し分程度に
降り注いでいる。
いつもの定位置、貯水タンクの裏を陣取って、ポケットから取り出した
ウォークマンにつながったイヤホンを耳に差し込んだ。
多分恋しちゃった歌が流れていて、それは今の私の気分には合わない。
何に変えようかとウォークマンをいじくっていると、片耳からスポンとイヤホンが抜けた。

目を向けた先には私のイヤホンを片耳に差し込む黄色い髪が見えて、
心の中でため息をついた。

「あーこれ知ってるー」

と、女の子チックな歌を口ずさむ黄瀬は最初に毒づいてからはまるでその片鱗を見せず
目が合うたびに絡んでくるようになった。
いやはや不気味である。

「授業いかなくていいの」

「いってない人に言われても、ねえ。」

まぁ、説得力が皆無なことは自分でもわかっているので、反論せずに勝手に曲を変えてやった。
しゃがんだ膝の上に頬杖をつく黄瀬と私のあいだには微妙な距離がある。
それは友人にしては狭く、恋人にしては広い。
黄瀬は必ず私とこの距離を取る。これ以上縮むこともないし、広がることもない。
私と黄瀬はこうしてたまに屋上で会うことがある。
特に会話はないけれど、ボーッと1時間を過ごして、そして解散するのが常だ。

ここは時間の流れが穏やかで。
少しずつ黄瀬に心を許している自分がいるのを私は知っていて、無視しようとする。
矛盾だ。そんなの知っているけれど、それに気づいて息のしやすいこの空間を奪われるのは嫌だ。

結局私は何をしたいのだろう。自分が、分からない。

昨日寝るのが遅くなったためか、目蓋が重い。
貯水タンクに体を預け、目を閉じた。
と、先ほどと同じように、スポンと、反対の耳からイヤホンが抜けた。
前にも一度こういうことがあった。多分、黄瀬が話を聞いて欲しい時の合図なのだろう。

「なに」

「前から思ってたっスけど、福留ははてなとかびっくりとかついてないっスよね」

「あっそ」

「・・・偽物の感情は冷淡で冷静で冷徹?ホントは、どう思ってる?
それは、作ってる福留の、偽物の、キャラっスよね?」

前々からそうだろうとは思っていたけれど、黄瀬は私の、本当の私の、
核心に近づいてきている。
黄瀬の言うとおり、私は冷淡で冷静で大人で、あまり感情が高ぶらない、いつだって
落ち着いたキャラクターで、いたい。
だって、私は脆いから。そうでもしないと、脆い私には頑丈な鎧でもつけないと、
私はきっとすぐに傷だらけになるのだから。

「うん、それで?だから?」

少し声が震えた。
誤魔化すように黄瀬の方へ顔を向けると、すぐに目が合って。
黄瀬はずっと此方を見ていたのだろうかなんて考える。
まっすぐな黄色の瞳に私を映した黄瀬は、私に目を逸らさせない。

ああ、捕らえられた。

にんまりと弧を描いた黄瀬の唇が薄くひらいて、音を発する。

「声、震えてる。それに、今、疑問符ついた。動揺してる。」

うるさい、やめて、近づかないで。

「別に、いいでしょ。私がどんなキャラだろうが、黄瀬には関係ない。そうでしょ?」

だから、そんな優しい瞳をしないでほしい。
重い鎧をつけた私は、立っているのに精一杯で、壁があったら寄りかかってしまうから。
優しい瞳の黄瀬は、目をそらして、私の耳に丁寧にイヤホンを、さす前に、

「じゃ、縋るような目でこっちを見るのはなんでっスかね」

耳元で囁いた。
息を吸って、吸おうと、思ったのに、逆に漏れ出てくる。

「っは、」

まずい、泣きそうだ。なんでだ。
体育座りをした膝に顔をうずめてきつくきつく目を閉じる。とまれ・・・
泣いているはずなのに、黄瀬の隣は呼吸が楽だ。本当はずっと前から気づいてた。
後頭部に大きな手を感じる。不器用に動くそれは、私をなでているつもりだろうか。



4時間目が終わる23分前、校舎の屋上の貯水タンクの裏で、私は黄瀬に抱いていた複雑な感情の80%が恋心だと知った。



「僕の知らない世界で」様へ提出したもの

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