その切り札、私だけ

「律先輩、ちょっと」

うわあ怒ってる。


部活終了後、挨拶もそこそこにぐいっと手を引かれて、
ずんずんといつもより早足で、なんていっても、150cm弱の私が追いつける程度だから、
加減してくれているのだろう。胸キュンした。

そういうところが大好き!

と言いたいところだが、そんな雰囲気でないことくらい私にだって察せられる。


いつもは私が喋っていて、それに相槌をうちながら、ちょこちょこ自分の話もする赤葦だが、
今は話しかけて返事をもらえる自信がないので、話しかけられない。
赤葦が怒っていることは感じられるのだが、なぜ怒っているのか私には心当たりがなかった。

ええと朝練のときは怒ってなかったから、──


必死で今日の出来事を思い返すうちに、電車に乗っていた。
赤葦とは反対方向に家があるから、同じ電車に乗ることはそうそうない。

次の駅は───

アナウンスには聞き覚えがあるので、私の家の方面の電車に乗っているのだろう。
送ってくれるつもりだろうか。
学校の最寄駅から、各駅停車で3駅。

あっという間についた馴染みの駅で赤葦に手を引かれて電車を降りた。


手を掴まれて、彼氏のあとを追うように小走りで追いかける彼女と、
ずんずんと無言であるく彼氏なんてのは、傍から見れば修羅場というのがぴったりだろう。私だって、そう思う。本当に何をしただろうか。

気がつけば駅から徒歩6分のマンション、正確には、私の家があるマンションの前に
到着した赤葦は、ようやく足を止め、マンションの隣にある小さな公園に入っていった。

誰もいなかった。

ここで、私に何か話そうとしているのは明確だ。
別れ話じゃありませんように…

ベンチに並んで座って、赤葦の顔を窺う。

「ごめんなさい。」

とりあえず先に謝っておく作戦だ。

「何がですか」

ややあって返された返事は、何をしたかわかっているのか、というような趣旨のものではなく、
どちらかというと言葉通りの意味らしかった。

「え、ん?いや、赤葦、怒ってたでしょ?私何かしたかなぁって、思い、まして」

じいっと上から注がれる視線が気になって、最後は尻すぼみになった。

「え?俺、怒ってませんよ」

「え?」

「え?」

怒ってないとしたらなんなのか。

「どうして、怒ってるって、思ったんですか」

もはや語尾が挙げられていない言葉は、赤葦なりの疑問形だと知っている。

「だって、いつもより大股だったし、手を繋ぐんじゃなくて、こう、ぐいっと」

掴まれた、とはいいずらくて、擬音でごまかしつつ、横に並ぶ赤葦の顔を見上げた。
しまったとでもいうように、眉間に寄せられたしわは、無意識だったことを表す。

「すみません、早かったし、痛かったですよね。少し、考え事をしていて。すみません」

「あ、全然大丈夫。痛くないし。伊達にマネージャーなんて力仕事やってないし。ね」

話すことはなんですか、と視線で促すと、はああぁと深い溜息を付いた。

背中に手が回され、あ、引き寄せられる、と思ったときには、頬が赤葦のブレザーに
あたっていて、心臓の音が聞こえた。

「怒ってはいませんでしたけど、イラついてはいました。」

「どうして?」

沈黙。答えるのが嫌なのだろう。





夏休み、私たちが付き合うようになってから、2ヶ月ぐらいの頃だった。
赤葦が練習中に熱中症で倒れたことがあった。

それほど辛くなるまで我慢する必要ないし、どうして途中で教えてくれなかったの。
一人で我慢しないで、もっと私を頼ってよ。
私、マネージャーだよ。彼女だよ。年上なのに。
ほんとばか。信じられない。ばか、ばか、ばか。

保健室で目を覚ました赤葦を見て、安堵とともにこぼした不満と涙は、
どうやら赤葦の心に根強く残っているらしい。
もっと私を頼って。
この言葉を使うと赤葦は簡単に落ちるようになっていた。




「教えて欲しいな。全部、受け止めるよ」

赤葦と自分のあいだに挟まっていた手を引っこ抜いて、赤葦の背中に回す。
ここで魔法の呪文を。

「もっと、頼って欲しいよ」

案の定赤葦は落ちた。

「そういう、先輩の変に男前なところ、嫌です。」

「なんで!」

「すっごい、俺かっこ悪いんで話したくないです。」



別に、カッコ悪いところだって好きなのに。



そう口に出すと、赤葦はイラついていたという原因を話し始めた。


「要するに、嫉妬です。さっきのも、八つ当たりです。本当、すみません。」


普段淡白な赤葦が嫉妬していると言ってくれたことに、私が舞い上がっていると知らないのだろう。


嫌そうに嫉妬の原因を話している赤葦と、ベンチで手をつないで、少し肌寒くなってきた風に身を委ねる。


イラついているとき、私に八つ当たりしてくれたんだね。
私が赤葦にとってのそういう存在になれたということ。

「すっごい、うれしい」

つないでいない方の手を赤葦の首にかけ、引き寄せると同時に顔を近づけた。
いつも冷たい赤葦の唇を感じる。きっとびっくりしているだろう。


「イラついていたって、カッコ悪くたって、私は赤葦の事大好きだから。赤葦は?」

律先輩、と赤葦はつぶやいて、返事の代わりのキスを私にした。





「あなたとおはなし」様へ提出したもの
タイトル はこ様より

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