待ってろあした


5日前にも開けたドアをちょっとの緊張感と共にスライドさせればそこには誰もいなかった。ナースステーションで確認を取ったときにはいるって話だったのに。疑問に思いながらも失礼しまーすと誰にともなく声を上げて部屋に入る、と後ろには人が立っていたようで。

「あ、れ?」

振り返ると声を上げたのは片手で松葉杖をついた新田だった。不思議そうにあらぬ方向をふるふると見ている。多分、人がいることは分かるけど誰だかは分からないといったところだろう。困った様に眉を寄せてえーっとだのあーっとだの呟いている新田に悪戯心が湧いた。

「俺だけどー、」
「あ、二口さんですか!誰かと思っちゃいましたよ」

俺だけど、そう言って誰だか判らずに困らせてやろうと思ったのに。驚かされたのは此方だった。声だけでわかるなんて。かあ、と顔が火照るのを感じる。ま、あいつからは見えてないだろうけど。

「どっか行ってたの?」
「あ、病院一周してきたんです、少し運動しなきゃいけないので」
「え、松葉杖で?」
「はい、慣れれば結構歩けるもんですよ」

ほら、と言ってかつりかつりと松葉杖を鳴らした新田は確かによく歩けていた。そのままベッドの方へ行くとすとんと腰掛けて、ほらと笑う。後ろが窓になって眩しい。

「二口さんは何しに此処へ…忘れ物ですか?」
「違うけど…こないだ勉強教わりに来てもいいって言わなかったっけ?」
「え、あれ本気だったんですか!社交辞令かと…」
「それおれに失礼じゃね。何、教えてくんないの?」
「いえいえ全然そんなつもりは無くってですね!」

慌てて否定しながら沢山本の載ったテーブルを手探りでがさごそと、多分教科書を探しているようで。全く的外れな場所を掌で叩いているものだから手を伸ばして教科書を彼女の手に手渡してやる。

「あ、有難うございます…えっと、どの教科にしますか?」





あれからかれこれ日が落ちるまで勉強して、ひと休憩と自販機で買ってきた飲み物を二人して飲んでいたとき。ふいに新田が口を開いた。

「二口さん、バレー部なんですよね。部活楽しいですか?」

小さな声だった。入学早々事件に巻き込まれて全く学校に来れていない新田にとって部活というのは学校生活の象徴であり、遠いものなのかもしれない。

「おー、まあな。うちのバレー部結構強いんだぜ?」

よかったら見に来いよ。
なんとなくその一言は飲み込んだ。

「あ、そーだ。あと2週間でインターハイの予選始まるから部活長くなるし来れなくなる、と思う。ま、勝った報告待っててよ」

軽く言ったけれど絶対に勝てるなんて思ってはいないのが本当のところだ。

「はい、報告楽しみにしてます。」

新田がくすりと笑う。白い包帯が痛々しいとどうしても感じてしまう。

そのあと他愛の無い会話をして別れた。俺の心では勝つ≠ニいう決心が大きくなっていた。勝って、新田に報告をして。そしてまた笑って欲しい。

強い決心とは裏腹に──運命の日は近づいていた。



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