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骨の軋む音と肉と肉がぶつかる音が暗い部屋に鳴り響く。殴られた頬が熱くなってくる、舌を噛まないように食いしばったせいか、それとも当たり所が悪かったのか口の中で不愉快なほど血の味が広がって思わず顰めてしまったのがいけなかったのだ。あたしの、その表情に気付いた彼女は目を血走らせて大きく振りかぶった。
――、嗚呼悲しいかな。あたしの人生は酷く歪んで壊れていた。
それでもあたしは、きっと、きっと。
狂気にも似たそれを纏った彼女の手があたしの肌に触れるのを感じながら、あたしは意識を手放した。
薄れゆく世界で、あたしは笑顔でさよならを告げた。
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底まで堕ちていた意識がゆっくりと浮上する。
深い海のような、母の腕の中のような、そう。まるで揺り籠のような、柔らかな何かに全身を包まれて安心する。
覚醒しない頭を使ってここはどこだろうと目を開こうとしても視界が定まらない。水の中で目を開いた時のように一寸先すらぼやけてしまう。
あたしは――、
あの後どうなったのだろうか、と考えるより先に激しい睡魔があたしを襲いまぶたが自然に落ちていく。逆らう気分にもなれなくて本能のまま委ねようと目を閉じた刹那、激しい頭痛と窒息してしまいそうなほどの息苦しさに目を見開いた。
あたしは海にでも捨てられたのだろうか。
まるで空に浮かんでいた体が一気に地へ落ちる感覚。全ての重力があたしに注がれるような、そんな感覚の中、酷い吐き気があたしを襲いトイレへ行こうとする暇もなく背中に与えられた衝撃のまま異物を吐き出した。
「ぁ‥うぁっ」
「頑張って、頑張って」
むせるように咳込むと随分息がしやすくなっていく、叫ぶように声を出すと胸につっかえた異物が消えていった。
「うちはさん、元気な女の子ですよ」
何度目になるのか、意識が遠のいていくなか聞こえたのは慈悲に満ちた優しげな女性の笑い声だった。
120528
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