18.歳をとるにつれ、自分にとってのヒーローという存在を持つことが難しくなるが、多かれ少なかれそれは必要なことである。
「落ち着いたか?」
「ああ。」
まだ目は腫れていたが、凜とした鋭い眼光は戻ってきた。喜ばしいことであるが、アルジュナは自分を写すその眼が酷く痛く思えて、そっと目を逸らした。カルナは怪訝に思ったが、それだけで、責めはしなかった。
「迷惑をかけたな。」
「気にしてなどいないよ。それよりなにがあったのか、一部始終説明なさい。」
戸惑うことはなく、その瞳を曇らせぬまま、カルナは語った。
Aと出会ったときのこと、Aに抱きしめられたときのこと、Aにすべて話した時のこと、Aと…
幸福だった。Aに出会って、人生で初めて満たされたと思った。
自分を本当に救ってくれる人に、出会えたのだと思った。
痛い苦しいがいつからの物かは覚えていない。
認識しないように、意識しないように、遠ざけていたのだ。
そんなものより、大切にしたい物があったから。
「Aはずっと、オレだけを見ていてくれた。」
この数年間、Aがカルナを蔑ろにしたことはなかった。いつだってカルナを一番に考えて、カルナを支え続けたのは間違いなくAだ。
カルナにはいまだAの苦しむ理由がわからない。
けれどあの日、Aを逆上させた理由なら理解できた。自分でもずっと気にかけていたこと、ずっと悩んでいたこと。この身体は、Aだけのものにはなってくれないということ。
以前のAなら道具など一切使わなかった。己の身体のみで、互いに溶け合って、1つになってくれた。しかし最近はどうだ、中に出すどころか、入れてくれることさえほとんどなくなっていた。自然と胎内に埋め込まれた無機物に意識が行き、切なく疼いた。体温さえなくともそれは気持ち良い、満たされぬと理解していても動かしたい。どれだけ悔いても事実は事実だ。
そして、これが原因であるのならしかたがないと、カルナはどこかで思っていた。
「本当に大切に思う者が、そのような無体を働くものか。カルナ、卒業したらAとは別の大学に行くのだろう?一度、Aから離れて様子を見るべきだ。貴様とAの関係は、絶対に褒められた物ではないぞ。」
「理解している。」
「ならばなぜ!」
「初めに仕掛けたのはオレだからだ。Aは覚えていないかもしないが。」
カルナは頑なにAから離れようとはしない。
躍起になっても無駄だろう。アルジュナは己を落ち着けて、そっと口を開いた。
「カルナ、このままの関係を変えられないのならば母上に言いつけるし、無理やりにでも連れていく。
それが貴様のためだ。」
そういうとカルナは酷く落ち込んだ様子で、しかしはっきりと頷いた。
「それまでにAと話をつける。そうすれば離れなくてすむのなら。……もう行け、アルジュナ。ここに来たのは、オレが目当てではないのだろう。」
窓をのぞけば太陽が傾いて、空を紅く染め始めていた。まだ不安が消えたわけではないが、アルジュナはカルナに別れを告げ、その人の所へと急ぐ。
よく晴れて、陽のあたたかさを肌で感じられる。記憶のどこかで、今日のような日を覚えている。けれどいつのことなのか、よく思い出せなかった。
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bkm