08
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 私がタークスに戻る代わりに、ここで療養を受けさせて貰える。その社長との約束は、きちんと果たされていた。
 常駐している担当医は確かに優秀な人らしく、私の事情を直ぐに受け入れてくれた。問診や身体の診断から、私に記憶を損失する様な外傷はどこにも見られなかった。
 その為、記憶喪失の原因は何らかのトラウマによるものであり、覚えていると本人に多大な影響や精神的ダメージを受けると判断し、自らの意思…言い換えれば無意識の自己暗示により記憶を抑圧している可能性が高い。と言うのが医者の診断だった。
 つまり「忘れている方が己の為」と、私の本能が告げているのだ。
 その為、無理矢理記憶の蓋をこじ開ける様な手段は向いておらず、治療は催眠療法という方法が取られる事になった。
 この催眠療法とやらが何とも胡散臭くて、その診断が下った時は耐えきれずに鼻で笑ってしまった。

 まずその抑圧の原因を探る必要があるので、治療と内容はカウンセリングに近く、内容はただの世間話。
 名前から始まり、好きな物の話や最近楽しかった事、悲しかった事。向こうも仕事だから仕方ないのだけど、変に良い人ぶっていて私と心を通わせ仲良くしようという上っ面な感情が見えて、正直かなりしんどい時間だった。

 このヒーリンの地が星痕患者を受け入れて間も無い頃、星痕治療と同じぐらい必要とされていたのはカウンセラーだったらしい。
 ミッドガルのプレート落下や、メテオ襲来の被害で数多の人が亡くなり、連日連夜死者の報道ばかり。身近な人を突然亡くした人も多く、精神的ショックからカウンセリングを必要とする人は多かった。それもあって、ヒーリンに常駐する医師はカウンセラーの資格を持っており、私の治療には適していた。
 ただ、私にとっては超が付くほど退屈な事に変わりはない。
 カウンセリングは10分で終わる日もあれば、お茶菓子を出されて1時間近くダラダラ会話をさせられる時もある。いっそ通わない方が私の精神に良いのではないかと思うぐらいだ。

 そんな日々が続いて早一ヶ月余り。
 カウンセリングとトレーニング以外は何もする事がない繰り返しの日々。どう言うわけか、私がヒーリンから出る事は一切許されず軽く軟禁状態で、そろそろ限界が近付いてきていた。

「ほんっと、退屈」

 食堂の窓際にある席で、私は読み終えたばかりの本をテーブルに放り投げて突っ伏した。
 窓ガラスにはゲッソリとした顔色の私が映っていて、それなのに私の着ている服は気分とは正反対な派手なTシャツ。軟禁状態の私の為に、イリーナが出先で買ってきてくれた服は、どういうセンスなのかフルグラフィックの総柄チョコボ。
 「チョコボファーム出身ならチョコボが好きなのかと思ってこれにしました!」と、一切悪意のない顔で言われてしまっては、受け取らないわけにはいかない。
 一連のやり取りをその後ろで見ていたレノが、必死に笑いを堪えていたので、その日の夕食のおかずを一品取り上げたのはまた別の話。
 とにかく、この一ヶ月で良くも悪くもタークスの面々とは上手く付き合っている。
 日々みんなは忙しく動き回っているみたいだけれど、私には未だ任務と言う物は充てがわれていない。

 今日はもうカウンセリングもない。本も読み終えてしまった。
 みんな任務で出払っているし自主トレーニングでもして…と思った時、私の耳がある音を捉える。もう大分聞き慣れたヘリコプターの音だ。

「ラッキー!」

 私はイスを倒す勢いで立ち上がると、意気揚々と食堂を飛び出した。



「お疲れー」
「お、何だよ珍しいな。出迎えか?」

 ヘリコプターの離着陸地点である広場に到着すると、丁度レノが機体から降りて来た所だった。 
 相変わらず着崩したスーツは、彼なりのポリシーがあるらしいけれど、だらし無いポリシーとは一体なんなのか理解に苦しむ。そんな美的センスを持つレノは、私の姿を見るなり吹き出した。

「お前、マジでそれ着てんのかよ!」
「仕方ないでしょ、他の服は洗濯中なの!」

 チョコボのTシャツを指さしてヒーヒーお腹を抱えて笑い始めるなんて本当に失礼ね。ムッと眉を吊り上げて怒った所で、こんな服では感情の一割も伝わってくれない。すると、遅れてヘリコプターから降りて来たルードが、また何を下らない言い合いをしているのかと、呆れた様子で近付いて来る。

「ルード!トレーニング付き合って!」

 声に半ば苛立ちが混ざっていたのはレノのせいだ。しかしルードは何故かその大きな身体を反射的にピクリと強張らせた。
 そしてサングラスの奥にある鳶色の目で私の顔をまじまじと見つめたかと思うと、小さく被りを振って、すまん、と一言告げる。

「悪いが、まだ仕事が残っている」
「そーそ。俺達はこれから車でエッジだぞ、と」

 未だ目の端に笑いの涙を残しているレノは、ルードと仲良さげにその大きな肩をバシバシと叩いた。
 彼等はヘリコプターから車へと移動手段を変える為にヒーリンに戻ってきただけらしい。
 折角、この退屈を重ねた気分を発散させてもらおうと思って来たのに…仕事なら仕方ない。私はがっくりと項垂れながらも、気を取り直してもう一つの要件を口にする。

「じゃあ、エッジで何か本買ってきてよ。これ読み終わっちゃったの」
「わかった」

 私は食堂で読み切ってしまった一冊の本をチラつかせる。
 この本も、先日ルードにお願いして購入してきてもらった物だ。特に何が読みたいと指定していないけど、買ってきてくれる本はどれもルードのオススメらしい。今回の本は、とある主人公が見せ物サーカスに閉じ込められてしまった動物達を、奮闘しながらも助け出す様を描いた、種族を越えた感動の絆ストーリーで、顔に似合わずこんな物を読むのかと、ルードの意外な一面を知った。

「あと、クリンから手紙来てないか見てきて」
「はいよ、と」

 チョコボファームのみんなには、私がヒーリンに居るとは伝えていない。
 ツォンさんは別にグリン達にならここを教えても構わないと言われたけれど、私は首を横に振った。彼らに不用意に神羅の拠点を伝えるのは気が引けたし、タークスに戻ったとは言えなかったせいもある。私は今、エッジにある医療施設に居る事になっていた。
 特にクリンは私に懐いていたので、病院経由で手紙をやりとりする事で、彼女のご機嫌を取っている。
 その効果もいつまで持つか分からないので、本当は顔ぐらい見せに行きたいけど…何せ外出させてもらえないので仕方ない。

「ねぇ、私も一緒に行っちゃ駄目?」
「ツォンさんの許可が降りればな」
「降りないから頼んでるんだけど」

 食い下がる私にルードは困った表情を浮かべる。同行をお願いするのは初めてではない。私の軟禁状態におけるストレスは理解しているらしく、極力私の頼み(本を買ってきてだとか)は叶えてやりたいそうだけど、この願いだけはいつも聞いてもらえなかった。
 ツォンさんに直談判した事も、一度や二度ではない。しかしどんな理由を並べた所で彼は「駄目だ」の一点張り。「タークスに戻ったからには、勝手な行動は取るな」と、一番最初にクギを刺されてしまった事もあり、私は完全に身動きが取れなくなっていた。

「今は大人しくしてろ」

 そうルードが嗜めるのも何度目だろう。ツォンさんが駄目と言えば、どんなに駄々を捏ねたって駄目なのだ。
 私は精一杯の不満を込めて大きく溜息を吐くと、渋々頷いた。
 彼等は同じ広場の片隅に駐車してあるピックアップトラックに、乗ってきたヘリコプターからいくつかの荷物を移動させ始めたので、折角だから私も手伝う事にした。
 ルードから小脇に抱えられる程度の段ボールを受け取り、トラックの荷台の上にいるレノへと次々パスして行く。

「エッジって、ここから遠いの?」
「近くもないし、遠くもないぞ、と」
「何時間ぐらい?」
「んー…二時間って所だな」

 車で二時間なら、直線距離で150キロ前後だろうか。
 ヒーリンの正確な位置情報も分からず、エッジがどちらの方角にあるのかも見当が付かないので、二時間と言われてもやはりピンと来ない。
 ただ私の頭の中にある地図では、ミッドガル周辺は荒野が大半を占めている。その周辺で山がある所と言ったら南側のエリアだ。

「道中モンスターって出る?」
「おい…」

 私達の会話を横で聞き流していたルードが、私が一体何を考えているのか察知したらしく口を挟んだ。段ボールを渡す手も止めて、険しく眉間に皺を寄せていた。
 あ、これはちょっと怒ってる。

「冗談よ。大人しくしてる。ツォンさん怒ったら怖そうだし」

 肩を竦めて軽く笑い飛ばすと安心したのか、「これが最後だ」と言って段ボールを私の両手にそっと置く。荷台に積み終えたレノがひょいとトラックから降りて来ると、運転席へと乗り込んだ。
 私は、車を運転した事がない。正確には、運転をした記憶がない。ファームでの移動手段はそれこそ商売品のチョコボだったし、特別な免許も必要なかった。
 何気なく車内を覗き込んで見たところで、何か思い出す事もないのだけれど、エンジンの掛け方やアクセル、ブレーキの存在は知識として持っている。
 私の記憶喪失は知識を奪う物ではなく、あくまで出来事や対人関係といった類のみに限られているらしく、ふと気になって聞いてみた。

「私って、運転出来た?」
「俺は見た事ねぇけど、一通りのライセンスは持っていたはずだぞ、と」
「ふーん…」

 一通り、ね。さすがタークスだ。
 助手席にルードが乗り込むとレノはエンジンキーを回し、ブルンッと車体が震えてマフラーから少し黒い煙を吐き出した。車体は至る所にキズやヘコミがあるし、メンテナンスが行き届いてるのか心配になる見た目だ。
 燃料となるガソリンは貴重だと耳にした事があるけど、神羅はある程度の資源は確保しているんだろう。じゃなきゃこんなに頻繁にヘリコプターや車を動かせるわけがない。ああでも、最近になってどこかで油田が見つかったとか何とか、話題になってたっけ?
 そんな事を考えていると、レノがシフトレバーをガチャリと動かす音で我に返る。

「んじゃ、荷物サンキュー」
「行ってくる」
「気をつけてー」

 ひらひらと手を振りながら彼等を見送る。ガタガタと荷台の段ボールを揺らし、車は蛇行しながらヒーリンの山を下り始め、やがて木々と岩肌の間へと消えて行った。

「…さて」

 辺りはもうエンジン音も聞こえず、穏やかな空気に包まれた保養所の姿へと戻ったのを確認して、私は完全に休息中のヘリコプターの向こうに置かれている、一台の黒塗りの大型バイクへと視線を移した。
 時折レノが単独でエッジに行く際に使用しているバイクだ。
 約一ヶ月間観察していた所、このバイクの使用者は今の所レノ一人。仕事以外は何かと適当な面がある彼は、バイクのキーを挿しっぱなしにしている事があると最近気付いた。そっと近付いてシリンダーを覗き込めば案の定、今日もキーが挿さっていた。
 車と同じくバイクを運転した記憶はないけれど、車体を見ればブレーキレバーもクラッチレバーの存在も認識出来たし、計器類の見方も直ぐに分かった。
 これはもしかすると、もしかするかもしれない。
 多少の後ろめたさも感じつつ、私はこっそりとそのバイクのキーを引き抜いた。
 閉じ込められる程出たくなってしまうのは、人も動物も同じなのかもしれなのい。



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