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「なんで知ってる…んですか?」

 敬語を抜き掛けて、一応相手は神羅カンパニーの社長だと思い出して付け加える。下手な誤魔化しは意味がないので、私はあっさりと認めてみせると、腕を組んで反発的な態度へと切り替えた。
 もう記憶があるフリをする必要が無くなってしまえば、こうして開き直るしかない。

「タークスだからな」
「何よそれ、説明になってないわ」

 黒髪の男も悪びれた様子など微塵も無く、それ所か隠し事をしていたのはお互い様だと言いたげな口振りに、私は眉根を寄せた。
 くるりと背後を振り返ると、私を連れて来た2人のタークスが、先程とは打って変わってどちらも戸惑いの色を滲ませていた。

「知っていながら、貴方達は何度もファームに来たわけ?」
「俺達は本当に何も知らないぞ、と」

 その表情を見れば分かってる。こんな意地悪な問い掛けをしたのは私の八つ当たりだ。
 幾分動揺の気配を抑え込んでいるらしいサングラスの男は、そんな私の態度にも動じる事はなく、「どこまで覚えている?」と冷静に話を振って来た。

「持っていたIDで、名前だけは分かってた。でも、それ以外は何も覚えてないの。申し訳ないけど、あなた達の事だって私から見れば初対面よ」
「だからそんな他人行儀だったのかよ、と」

 ため息を吐き頭をガシガシ掻き毟る。2人とも今までの違和感の正体に全て合点が行ったらしく、気まずそうに顔を歪めて私を見つめ返した。そんな顔されたってこの事実は覆らないし、何よりこれは私の問題だ。あなた達がどうこう悩む事ではない。
 そう言ってしまいたいのに、彼等の顔を見ると何故か言葉に詰まってしまった。
 すると再びサングラスの男は質問を投げかけて来た。

「自分が神羅の人間だとは分かっていたんだろう?何故その時点で神羅に戻って来なかった?」
「神羅やタークスについて調べたの。あまりいい話は出て来なかったし、記憶が真っ新な人間が自らそんな世界に戻るわけないじゃない。殺されるかもしれないのに」

 そんな私を助けてくれたのはチョコボファームのグリンだった。私がどこの何者かは分からないけど、記憶がないならタダ働きさせるには丁度いいと思って拾った。と、後々彼から真相を聞かされた時には呆れもしたけれど、感謝の方が大きい。そんな彼等にも実は危険が及ぶ可能性が十分にあったのだと、今更ながら気付かされる。

「それに必要なら、神羅側から来ると思ってた。でも全く来る気配はないし、星は死にかけるし、神羅は無くなったって聞いたし…油断してたらコレよ」

 失礼な事を並べているのは自覚しているけれど、包み隠さず正直な思いを打ち明けた。
 私は社長に改めて向き直ると、彼は先程までの見透かすような目はしていなかった。恐らく私が認めた事により、心理戦をする必要がなくなった為だろう。

「何が目的?こんな状態の私がタークスに戻れるわけないでしょ?」
「これでも、お前の能力は買っているんだがな」
「今の私に裏稼業染みた事が出来るとは思えないけど?」
「なにも暗躍だけがタークスではない」

 人手が足りない、と言っていたのを思い出す。
 雑用係でもいいから人手が欲しいとでも言うつもり?それなら尚更、私じゃなくても適任はいくらでも居るはずだ。記憶がない人間なんて、どこまで信用出来るかも分からないのに。益々社長の考えが分からなくなる。
 すると、今までその場から微動だにしなかった社長が半歩前に出て来て、反射的に私は同じ距離後ずさってしまう。

「記憶を戻す手助けをしたい」

 そして紡がれた一言に、思わず「は?」と間抜けな声が漏れた。

「少なからず、記憶回復の糸口を求めてここに来たんだろう?」

 そこまでバレていたなんて…まるで手の平の上で弄ばれている気分だ。
 そんな思惑は見せない様にしていたのに。私の性格をすっかり把握しているのかもしれない。

「ここは保養地でもある。タークスに戻れば療養も不自由なく受けさせてやれる。優秀な医者も常駐しているしな」

 ここに私を招いたのは、人手が欲しいのではなく、療養を勧める為…?
 思いもよらない展開に、気付けば私の口はあんぐりと開いていて、慌ててその口を引き締める。その一連の動きが可笑しいのか、社長はくつくつと喉を鳴らして笑った。
 いやいや、よく考えないと。私よりもこの状況の方が絶対におかしいでしょ。社長の口振りでは「タークスに戻らないと、その療養とやらは受けさせない」とも受け取れる。
 私は記憶喪失になって、きちんとした治療を受けたわけではない。ファームに定期巡回に来る流れのヤブ医者が軽く問診した程度だ。その医者曰く「放っておくしかない」という、適当極まりない判断しか下されていない。自力で記憶喪失について調べてみても、病気や怪我ではない為即効性のある解決方法は何も出てこなかった。
 仮にも神羅は2年前まで世界的大企業だったのだから、優秀な医者が常駐しているというのも、嘘ではないだろうし、それなりにツテもあるのかれない。
 何より社長の読み通り、私がここに来た一番の狙いは、過去に関わりのあった人物に会う事で、回復のきっかけを掴む為だった。
 交換条件…ギブアンドテイク…悪い話ではない、と思う。

「…監禁したり、殺したりしない?」

 慎重な問い掛けに対して、社長は今度は声を出して笑った。私は大真面目なのに、これではどっちが失礼なのか分からなくなる。

「それが目的ならそうしているさ」

 さらっと怖い事を言ってくれるけれど、事実だった。

「じゃあ、タークスを辞めたいって言ったら、リスクなく辞めさせてくれる?」
「今は昔の神羅とは違うからな」

 企業としては既に瓦解している神羅…ただしこうしてタークスを従えている以上、組織として残っているのは見て分かる。今は再興の為に動き始めた程度の時期なのかもしれない。
 記憶回復まで持っていけなくても、私が過去に何をしていたのかぐらいは、彼等に聞けば少しは分かるだろう。私の気が満足したら、またファームでの生活に帰ればいい。
 そう頭の中で考えを纏め上げると、私は改めて社長のアイスブルーの目を見据えた。

「…わかった」

 下した決断に社長は満足気な表情を浮かべた。

 それからはトントン拍子だった。
 社長は隣に居た黒髪のタークスを「主任を務めるツォンだ」と紹介すると、その主任…ツォンさんはこのヒーリンでの生活方法や、ロッジの使用方法等を簡潔に説明してくれた。
 タークスに戻った私の役割については、明日また説明すると言われ、「後は頼む」と後ろに控えていた2人のタークスにパスされてしまった。
 ロッジを出ようとした際、ツォンさんは思い出した様に私の背中に向かって声を掛ける。

「タークスに戻ったからには、勝手な行動は取るなよ」

 勝手をしたら、それこそ神羅…タークスらしく制裁が加えられそうなセリフに、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
 郷に入っては郷に従え。それぐらい記憶がなくたって心得ている。





「何故、言わなかった」
「ん?」

 ロッジを出ると、雨はすっかり上がっており、厚い雲の切れ間から僅かに青空が見え始めていた。赤髪のタークスはヘリの整備が残ってると言い残し、早々に駆けて行ってしまい、必然的にサングラスのタークスと2人きり。
 私が使用する空きロッジに案内すると言われ、来た時と同様に枕木の敷かれた濡れた小道を連れ立って歩く。その道中、突然振られた主語のない話題に、私は首を傾げた。

「俺達がファームに行った時だ」

 ああ、記憶喪失の事ね。
 確かに最初から打ち明けていたら、こんな手間は掛からなかっただろうけど、それは無理な話だ。

「タークス相手に簡単に弱点言っちゃダメでしょ?手札として取っておきたかったの」

 雨を吸い込んだ枕木は踏むたびに緩く沈んで少し滑る。時折頭上にまで枝を伸ばした木々の葉から雨水が滴って、私の肩を濡らした。不快感はなく、むしろ身は軽く感じる。全てを打ち明けて、気負う必要がなくなったせいだろう。
 そのせいか、私の口数も自然と増える。

「正直殺されたくはなかったし、いざとなったらその事実を打ち開けて見逃してもらうつもりだったの。それも考え過ぎだったわね。手の内知られてたみたいだし」

 そう言って笑ってみせると、サングラスの男はピタリと足を止めたので、私はそのまま2、3歩進んでしまってからそれに倣う。目的地に着いたのかと思ったけれど、辺りは緑ばかりでロッジは見当たらない。

「本当に、何も覚えてないのか?」

 彼の声色に微かな悲しみの影を見付けてしまい、私は声に詰まる。今まで微塵も感情の起伏を見せなかった人だけに、私の気のせいではないかと思ってしまう。しかし、サングラスの向こうの目には、確かに哀情が宿っていた。

「…そう言ってるでしょ」

 その目に耐えられず私は目を伏せると、くるりと背を向けて小道を歩み始める。遅れて彼も歩き始めると体格の違いからか、あっと言う間に追い付かれてしまい、そのまま私の歩調に合わせて横並びになる。

「さっきも言ったけど、覚えてないからこうしてついて来たの。何か思い出せるかも、って思って。まさかそれをネタに交換条件出してくるなんて思わなかった。社長が1枚上手だったみたい」

 淡々と言いながら横目で伺い見ると、つい先程まで纏っていた気配はどこかへと追いやられてしまっており、内心ほっとする。

「どうも胡散臭いのよね。人手不足なのに、こんな面倒な私を呼び戻すなんて」
「勘繰りすぎだ。そもそもタークスの存亡の危機を救ったのも社長だ。力になりたいんだろう」
「私はそんな過去知らないけどね」
「…すまん」

 別に謝らなくたって…そう言い掛けた時、今度こそ一棟のロッジの前で足が止った。
 先程社長達と話をしたロッジをそのまま小さくした様な可愛らしい平屋タイプだ。外観のサイズを見る限り、寝泊まりできるのはせいぜい2人ぐらいだろう。ファームで暮らしていた私の部屋と大差ない生活となりそうだ。
 彼はロッジのキーを私に手渡すと、そのまま立ち去ろうとしてしまったので、私は慌てて待ったをかける。「何か質問か?」と問われるけれど、私は被りを振る。

「あなた、名前は何ていうの?」

 ずっと記憶があるフリをしていたので、すっかり聞くタイミングを逃していた。
 彼はとても懐かしむ様に目をすっと細めて口角を上げると、黒い革のグローブに包まれた大きな右手を差し出して来た。

「ルードだ」
「じゃあ…ルード先輩?よろしくお願いします」

 手を重ねると見た目以上に無骨な手をしていて、ぎゅっと握り込まるとやけに温かく、極悪非道と噂されるタークスも人間なんだな、と実感してしまった。



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