8.雨音
アジトに拠点を移動する為に、宿泊していたホテルをチェックアウトしなければならず、私はルパンにお願いして車でホテルまで連れてってもらう事にした。
広いオリーブ畑を抜け、フィレンツェの中心街に近付くのに比例して、信号が増えてくる。

「そういや車持ってたよな?」

いくつ目かの信号で停止した所でルパンは思い出した様に聞いて来た。私は窓の外の景色を眺めていたので、ワンテンポ反応に遅れる。

「今はホテルの駐車場に置いてあるけど、何で?」
「足があるなら、帰りは一人でアジトに戻れるか?ちょっと用事があってな」

アジトの場所はもう覚えている。どのみち自分で車をアジトまで転がさなくてはいけないと思っていたから、問題ない。
アジトに住まわせてもらう事にはしたけど、正直なところルパンを完全に信用したわけじゃない。そのせいか、ルパンの「用事」が何なのか少し気になる。
喉まで出かかった質問を飲み込んで、焦るな、と自分に言い聞かせた。ルパンに企があるのかどうか、探るチャンスはまだまだある。

私が1人で帰れると聞いて満足したのか、ルパンはホテルの前にフィアットを停めた。
薄い鋼板で出来たフィアットのドアは、普通に閉めただけでも大きな音がする。

「宿泊費出してやろうか?」

下車した私を見送る様に、ルパンがフロントドアガラスを下げてそう声を掛けてきたけど、変に借りを作るのも嫌だったので丁重にお断りして、一旦別れる事にした。





無事にRX-7と共にアジトへ戻ってきたものの、車をどこに置いたら良いのか分からず、試しにサイロのガレージを覗いてみたけど、まだルパンは帰ってきていないようだった。
サイロの中はさすがに車二台停めるスペースはなかったので、脇に車を停めて所持品のボストンバッグ一個を持ちアジトに入ると、驚いた事に次元は私が出掛けた時と同じ格好のまま、ソファーで眠っていた。
ルパン以上に、この男の事はよく分からない。

「起きてますかー?」

わざとらしく足音を立てて近付き声を掛けてみたものの返事はなく、呼吸に合わせて静かに胸が上下するだけ。
いつの間にか、ローテーブルに零したコーヒー跡も、空になったはずのマグカップも綺麗に片付けてられていた。

「ま、いっか」

無理矢理起こしてコミュニケーションを図るのも、わざとらしい気がしたので、私はボストンバッグを持ち直してルパンに宛てがわれた2階の部屋を目指した。
玄関から1番遠い位置に階段があり、2階に上がると一本の廊下を挟む様にドアが計4枚あった。
その内、階段から遠い2枚のドアは閉じていた為、ルパンと次元が使用している部屋だと予測出来る。
私の選択肢は当然残った2部屋のどちらかになるので、日当たりの良さそうな南側を選んだ。
部屋には窓際に少し古ぼけた真鍮製のベッド、備え付けの小さなクローゼットだけ。窓に掛かったカーテンは、少し破けていたけど気にしない。
ベッドのマットレスは最近新調したものらしく、少し埃臭い部屋の中では浮いて見えた。

「…眠い」

そう言えば、朝からルパンに捕まってしまい、全く眠っていなかった。
睡眠不足を自覚した私の身体は途端に眠りを欲し始め、私はボストンバッグもそのままに、ベッドに身を沈めた。





雨の音で目が覚める。
もそもそと起き上がりレトロな歪みのある窓を見てみると、昼間の快晴はどこへやら、雨粒が右へ左へと道に迷う様に伝って落ちて行く。外はすっかり日が落ちていて、遠くにフィレンツェの街明かりが見えた。
どれぐらい寝ていたんだろう。
パーカーの首元から手を突っ込んで、首に掛けた懐中時計のチェーンを見付けるとそのままジャラリと引っ張り出す。
時刻は夜6時になる所だった。夜な夜な地下水路を彷徨う必要が無くなったせいか、気が緩んでつい眠りすぎてしまったらしい。
部屋のライトを付けずに寝たので部屋は真っ暗だったが、私にはあまり問題ない。
ベッドから降りて正確にドアへと一直線に進み廊下に出た。
階下に降りるとリビングの明かりが付いていて部屋には次元が1人、ローテーブルに向かって身を少し屈めながら何やら手元を弄っていた。

「…ルパンは?」

その問いかけに次元は私をちらっとだけ見て、視線をまた手元に戻す。

「さぁな。まだ帰ってねぇよ」

今このアジトには私と次元の2人きりと言う事か。
午前中の反応を見る限り、私が一緒にアジトで暮らすのは賛成ではないらしい。踵を返して下りてきたばかりの階段を上るのも白々しいので、次元の向かいにある1人掛けソファーに座る事にした。
テーブルの上には一枚のハンカチが敷かれ、その上で一丁のコンバットマグナムが分解され今正にメンテナンスが行われていた。
ガンマンだったのか…
ルパンと次元は軽口を叩き合える仲みたいだし、そこそこ付き合いが長そうな様子を見ても、次元はルパンに一目置かれるぐらいの腕は持っているんだろう。
グリップから始まり、ヨーク、エジェクターロッド、グリップスクリュー…パーツの細部に至るまで、丁寧に磨いて行く。

「…何見てんだ?」

手を止めずに、次元は小さくそう言った。
その慣れた手つきが余りに流れる様だったので、マグナムに話し掛けたんじゃないかと錯覚する。

「うん、エロいな、と思って」
「あ?」

次元はゴトリ、と手にしていたドライバーを床に落とした。

「いきなり何言ってんだ?」

平静を装う様にそれを拾い上げるけど、磨き終えたばかりのはずのシリンダーに再度手を付ける辺り、そこそこ動揺しているらしい。

「別に。ベッドで女の人を扱うみたいな手付きだから言っただけ」
「…まぁな」

おや?
私の正直な感想にてっきり小言が返って来るかと思ったけど、その声色は先程までの冷たさがない。
次元は再びマグナムのメンテナンスに戻ったので、私はその様をぼんやりと観察した。
パラパラという雨音がリビングにたっぷり充満した頃、マグナムはようやく元の形に戻り次元の手に吸い付く様に収まる。

「コイツは俺の女だからな」

仕上がりに満足したのか、彼は後ろ腰にそれを仕舞う。
そのセリフがさっきの返事だと気付いた私は、もう一歩次元に歩み寄ってみる事にした。

「他の女は?」
「手癖の悪い女は御免だな」

それは私の事?
ちょっとからかってみようと思ったけど、あっさりフラれてしまったので、私は徐にパーカーのジッパーを下げて懐から一丁の銃を取り出し、テーブルに置いた。
次元は帽子を少しだけ上げて、漆黒のボディを纏ったそれと私を交互に見た。

「デザートイーグルか」
「この子は手癖悪くないわよ」

良いでしょ?というニュアンスを含めて、それこそ自分の恋人の惚気話でもして見せるかの様に、私は薄く口角を上げる。
オートマでは珍しいガス圧作動方式のマグナムだ。

「女が持つもんじゃねぇな」
「でも、口径.357の一番小さいモデルよ」

次元は「触ってもいいか?」と聞いてきたので、私は了承の意味も込めて銃を手渡すと、先程まで手にしていたコンバットマグナムと同様に、丁寧な手付きでそれを見る。
確かにマグナムは普通、女には威力がありすぎて向かない…というのが世間一般論なのは承知している。
でも残念ながら私は普通ではないし、それなりに練習も積んで来たので肩が外れる様な撃ち方はしない。

「装弾数9発、有効射程80m、1653g…って所だったか。殺し屋の銃だな」

やはり銃火器には詳しい様だ。
デザートイーグルは銃身上部にレール装備も可能で、スコープ、レーザーサイトも搭載出来る万能な銃だ。勿論マグナムとだけあって威力も申し分ない。
ただ一つ問題を上げるとすれば…

「私、その子の扱い下手なの」
「アサシンなのにか?」
「護身用と威嚇用としてしか使った事ないわ。射撃練習場にでも行けばそこそこ当てられるけど、実践になると駄目」

宝の持ち腐れと言うか、せっかくの銃が泣いていると思う。でも事実なのだから仕方ない。
私が弱点をあっさり暴露したもんだから、次元は愉快そうに笑った。様々な角度から一通り銃を見終えると、やはり丁寧に扱って私に返してくる。

「だったら他のに乗り換えるんだな」
「これが気に入ってるの。浮気は出来ないわ。分かるでしょ?」
「まぁな」
「だから、次元がマグナムを持っている限り、私はあなたの寝首を掻くなんて出来ない」

帽子のつばで隠れた目元を透かして見る様に、私は真剣に言った。
次元の腕前がどれ程のか想像が付かないけど、これは間違いなく事実だろう。
決して午前中の言葉を気にしていたわけじゃない。でも私は気狂いのアサシンでも、殺し屋でもないと、それだけは分かって欲しかった。
暫しの沈黙が続く。

「…酒は飲めるか?」
「私今お酒の話してないんだけど」

怪訝な顔を浮かべてる私の顔は果たして見えているのだろうか。
次元は私の答えを待たずに立ち上がると、キッチンの方へスタスタと歩き出す。

「ちょっと聞いてるー?」

その背中に声を投げ掛けて見たものの、返って来たのは雨音だけだった。
でも、ガンマンの次元が背中を見せたということは、きっと私に居場所を許したのだろう。


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