短編(使用不可) | ナノ


▼ 賞味期限切れ


ごろごろとこたつで丸くなったまま、一郎太くんが私の名前を呼ぶ。


「なぁにー」


手元から視線を動かさず返事をすると、もう一度不機嫌そうに名前を呼ばれた。それでもまだまだ完成形が見えてこない編み棒を動かしている、と。


「……〇〇さん」


まずい。これはちょっと怒ってる。

少しおざなり過ぎたかな、と反省しながらもここで手を止めるのは少し名残惜しかった。まだまだ形にはなっていないけど、ようやく折り返し地点まできたところだったのだ。
それでも、結局編みかけのマフラーを脇に置く自分は一郎太くんに甘いのかもしれない。まあどうせ誰かにあげるものでもないから、完成を急いではなかったけど。

そうして久しぶりに手元から視線を剥がすと、膨れっ面の一郎太くんがすぐ隣にいた。こたつで丸くなるのはいつの間にか止めていたらしい。


「えーと、なにか言った?」
「……名前呼びました。もう何度も」


すっかり怒っている。というよりも、これは拗ねている。


「ごめんねー。お姉さん、集中しちゃうとなにも聞こえなくなっちゃうからさ」


あはは、とごまかすように笑いかけると、への字に結ばれていた一郎太くんの唇が解けた。
仕方なさそうにため息を吐いているが、なんとなく嬉しそうだ。
そうか、そんなに構ってもらえなくて寂しかったか……。


「可愛いねぇ、一郎太くんは」


うりうりと綺麗に結ばれている頭を撫でてやると、一郎太くんはまた拗ねたような顔をした。子供扱いは止めてください、と怒っているが私の手を払いのけない辺りそこまで嫌でもないのだろう。
にへら、と勝手に緩んだ顔でもう一撫でしてから手を離した。あまりやり過ぎると、本気で拗ねてしまう。

一郎太くんは、近所に住んでいる子だ。
弟でもなんでもないけど、小さい頃から面倒を見ていたせいか今でもこうして遊びにきてくれる。身内のひいき目を引いたって、素直で可愛い男の子だ。いい育ち方をしたなと思うたび、一郎太くんのお母さんには脱帽している。

そうだ、一郎太くんのお母さんといえば、この間行ってきた旅行のお土産をついでに渡してもらおう。
いつもお世話になっているから、少し奮発していい地酒を買ってきたのだ。

あれどこ置いたかなあ、と考えていると一郎太くんの表情が変わった。なにやら、真剣な顔をしている。


「ねぇ、〇〇さん」
「ん?」


そういえば、私の呼び方が変わったのはいつだったろう。
昔は〇〇姉さんなんて呼ばれて、弟が出来たみたいで嬉しかったのに、今じゃすっかりませた呼び方になっている。


「〇〇さんって、彼氏とかいないんですよね」
「……おーう、今時の子は直球だね……」


意外なストレート球に危うく心が折れかけた。
真剣な顔でこの子は何を言っているんだ。
思わず頭を抱えても、一郎太くんは容赦なく続けてくる。


「いわゆる非リアなんですよね!」
「やめて……! 真剣にお姉さん傷ついた! 非リアとかそれ一体どこで覚えたの、一郎太くんみたいな爽やか系ジュノンボーイには相応しくないよ!」


美少年から非リアの確認されてもドMじゃないから嬉しくない。むしろ色んなものがベコベコに凹んだ……。

我ながら情けない悲鳴をあげると、一郎太くんはあくまでシリアスな雰囲気を維持したまま答えた。


「〇〇さん酔っ払いばーじょん」
「ガッデム」


なにしてんだ私……。

再び頭を抱え出した私に、ドS美少年は容赦なく詰め寄ってくる。どうしても私の口からイエスの言葉を聞きたいらしい。


「そうだよ、どうせ非リアだよ!」


涙目で叫ぶと、一郎太くんは心底うれしそうに笑う。


「ですよね。よかったあ」
「なにもよくない、よくないよ一郎太くん」


えぐえぐと鼻を啜る私に、一郎太くんは幸せそうな顔で言った。その顔が私にはドSにしか見えない。中学生の可愛さどこいった。


「じゃあ、大きくなったら俺が〇〇さんもらってあげます。だからずっと非リアでいてくださいね」


ねぇ、それどんな告白の仕方?

ときめきもなにもない。ただなんというか、虚しいだけだ。
違う意味で心臓だけは痛いけど。


「一郎太くん、さすがにずっと非リアは嫌だよ……」
「よかったですね、〇〇さん。賞味期限が切れてももらってくれる相手が見つかりましたよ!」
「きみの愛が痛くてお姉さん殺されそうううううううう!!」









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