▼ 離してなどやらない
〇〇の泣き声が、聞こえる。
縋るように追いかけてくる声に振り返って、抱きしめて慰めて、別れの言葉や愛してるの言葉の一つでもかけてしまいたくなる。これが〇〇に会う最後だと、わかっているから。
それでもそれをしないのは、
「私は、なんて欲深い……」
〇〇の頭を撫でた指先がじんとした温もりを帯びている。
彼女の泣き顔が、言葉の一つ一つが愛おしかった。こんな状況でなければ、抱きしめて口吻をして、赦しを請うていたかもしれないぐらいに。
けれどそんなこと以上に、私には望むものがある。
欲深く、業深い私に相応しい望みが心に燻っているのだ。その暗い灯火は、もうあの頃からずっと変わらないままだ。
徐々に、聖域の空気が変わってゆく。
各所で身に覚えのある小宇宙の高まりやぶつかりに刺激されるように、全うしなければならない使命や覚悟に頭が、意識が醒めてゆく。
そう、もうこれで最後だ。
ただのサガとして、罪人としての願いも想いも、これで最期。
「離してなどやらぬ。お前だけは永遠に、このサガのものだ」
甘く痺れる指先に口吻を落としながら、闇の中へと吐き捨てた。