▼ いたちごっこ
私と源田は幼馴染で、源田と佐久間くんは親友で、私と佐久間くんは無関係。
「ああ、ただのクラスメイトって選択肢もあったか。もしくは友達の幼馴染とか?」
どちらにしたって、無関係よりはマシな感じだよね。こっちの方がすごく曖昧な響きだけど。
そんなことを紙パックのジュースを啜る合間に呟くと、隣で弁当の蓋を閉じていた源田が間抜けな顔をした。
「……いきなりどうした」
「いや、なんで私は源田とわざわざ屋上でご飯食べてんだろって考えてたらさ」
どうせ異性と食べるなら、好きな人と食べたかったわけで。
そんな勇気もないから、こうしていつも通りに私は源田とご飯を食べているんだけど。
じゅるじゅると音を立てて吸っていたストローの口を噛むと、源田が苦い顔をした。
「こら、はしたないぞ」
「……はーい、オカアサン」
「俺はお前のような娘を持った覚えはない」
真顔で言い切る源田に溜息を吐いて、ついでにストローから口を離す。
源田はつくづく損な性分だ。
ただの幼馴染でしかない私にいつまでも構って、かいがいしく世話を焼いてくる。
そのうえちっとも発展しない幼馴染のツマラナイ恋の相談なんかを、昼休みに毎日聞いてくれる。
だから私は常々思うのだ。
「源田ってさ、ばかだよね」
「……意味がわからん」
「そう?」
彼はなにも答えず、目を伏せて弁当の包みを直していた。風が彼の柔らかな髪を撫でていくのを私は横目で眺める。
この茶色が、あの水色のような銀色のような、不思議な煌めきを放つ美しい髪であれば。
伏せる目の中の穏やかな色が、鋭利で突き刺すような紅色であれば。
或いは。
「そうだ、聞いてよ。佐久間くんとね、さっき少しだけ話せて―……」
源田は口角を持ち上げて、私の話に相槌を打つ。眉を寄せて、苦しそうな目で微笑みながら。
望みのない恋なんて、やめてしまえばいいのに。
彼のこの表情を見るたび、私はそう思う。思うだけで口に出さないのは、この顔が好きだからかもしれない。
私だけを想って苦しむこの顔に、私は満たされている。
もちろん罪悪感はある。
源田の思いを利用して、踏みにじっていることはきちんと理解してる。けど、どれだけ否定したって私は薄汚い感情に満たされているのだ。
好きな人には愛されていない。だから代価品を求めてしまう。
残酷だ。滑稽だ。
この奇妙でいびつなトライアングルはみんな一方通行で、まるで出来損ないのいたちごっこみたいで。
「はやく諦められたらいいのにね」
私は笑った。
望みのない恋なんて、やめてしまえばいいのに。
それが言えないのは、私も望みのない恋をしているせいかもしれない。