短編(使用不可) | ナノ


▼ 青い春を感じちゃうわけで、


失恋をしたその日、あたしは恋をした。




「なーににやけてんのよ!」

いきなりバシッと強く肩を叩かれて、いちご牛乳がきらきら光りながら青空をバックに弧を描いた。

……こんな風に言うとなんだか聞こえがいいけど、実際はただ口から噴き出しただけだ。原因を作りだしてくれた友人は「うわ、きったな!」と叫んであたしから距離をとりやがる。

「え、なにこの仕打ち。原因あんただから!」

青くなって叫びつつ、窓の真下を覗きこむ。休み時間にグラウンドに出てるのはジャージ姿の男子ぐらいで、真下を歩いていた人は誰もいない。どうやらいちご牛乳は無事地面にキスをかましたらしく、ひとまずほっとした。

「いやー、キレイに噴いたね! 流石〇〇。うん、すごい!」
「……それ褒めてんの? 貶してんの?」

あたしの呟きはにやけ顔の友人によって華麗にスルーされ、唐突に「で、」と切り出された。

「……うわ、あんたそのニヤつき顔きもいよ」
「なんとでも言いなさーい」

友人は楽しそうだ。ちょっと焦らしてやろう。意地の悪い考えに諸手をあげて賛同し、パックのいちご牛乳をわざとのんびり飲んだ。

「そんな聞きたーい?」

予想通りそわそわしだした友人ににやりと笑いながら聞くと、当たり前じゃん! とデカイ声で返された。クラスの何人かの人間がこっちを見たのか、友人がいきなり声をひそめる。

「だってあんた、昨日ふられたんでしょ!」
「まあね」

正確には、一昨日の夜のこと。半年付き合ってた彼氏から電話が掛ってきて、好きな人が出来たからとあっさり別れを言われた。気まずいから、もう話しかけないでとも言われて、あたし達の半年間ってなんだったの? と聞きたくなるくらいのドライなものだった。

勿論一睡も出来なくて、次の日学校に行っても彼はあたしのことなんかもう忘れて別の女といちゃいちゃ。同じクラスじゃないだけマシだったけど、あんなにショックだったのはお婆ちゃんが死んで以来だ。

もうヤダ、恋なんか絶対にしたくない。そう思いつめるほどショックで、その後の記憶は一切無い。

「絶対昨日の放課後なんかあったでしょ! あんた私がどんなに慰めても昨日一日魂抜かれたみたいにぼーっとしてたのに、今日になったらにやにやにやにや! 気持ち悪いったらなかった!」
「ひどっ!」

興奮して捲くし立てる友人に笑いながら抗議すると「その顔よ!」と思い切り叫ばれた。声でけぇよ、と近くの男子から苦情が飛んできたが、友人は軽く黙殺する。うん、こういうとこホントすごい。感心しながら、じゅるじゅるいちご牛乳を啜っていると嫌な顔をされた。

「で、〇〇の新しいお相手はどれよ。ゼッケンの色から判断するに、年下よね?」

嫌な顔のまま窓の外、グラウンドに集まってるジャージ軍団を指さす。あたしはにっこり笑って中身を飲み干したパックを畳んだ。

「うふふー。よくわかってんじゃん」
「あたりまえよ! 失恋を癒すには新しい恋が一番ってね」

ばちんとウインクする友人にけらけら笑いながら答えようとすると、タイミングよくチャイムが鳴った。あーあ、と声を上げると、友人がにっこりと笑う。

「なにがあったかとっちめてやるから。全部吐くまで今日は帰れないと思いなさい」
「はいはい」

テキトーに返事をしたところで、先生もやってきた。戻っていく友人に軽く手を振り、近くのゴミ箱にパックを放り込むとあたしも自分の席に戻る。っていっても、窓側の前から三番目の席だから、全然移動しないけど。次は数学かー、ダルイ。先生の顔を見ながら形だけ教科書とノート代わりのルーズリーフを取り出して、挨拶を済ますと席についた。

退屈な授業にやる気なんて端からなくて、窓の外を見る。グラウンドでは一学年下の子たちがじゃれながら走っていて、あくびをかみ殺しながら少しだけ羨ましく思った。だけどあたしは持久走なんて大っ嫌いだし、それを考えちゃうと羨ましい気持ちも吹っ飛ぶんだけど。

先生の説明をBGMに、眠たいのを堪えながら真っ白な紙に「ほんだ きく」と書いてみた。

字はどう書くんだろう。本田、本多。他にもあるかもしれない。きくはきっと菊だ。あたしよりキレイな名前。あの子にピッタリだ。
幾つかの候補を下の欄に書いてみて、おかしくて笑えた。次に会ったら絶対に聞こう。

「ほんだ きく」

それがあたしの好きな人。

もう一度グラウンドを見ると、男子の集団からちょっと離れたところでのろのろと走ってる男の子を発見した。さらさらの黒髪。それだけでピンときた。絶対に彼だ。
やる気のなさそうなとろとろした動きに妙に親近感が沸く。持久走嫌いなのかなあ、あたしと同じジャン。でも好きな人の方が少ないよねえとか考えながらじぃっと見てたら、ふいに男の子が顔を上げた。遠目なのに、なんでか「きく」くんの顔だけはよくわかる。

授業中なんてお構いなしににっこり笑顔でひらひらと手を振ったら、微妙な顔をされてそのまま視線を逸らされてしまった。
ちぇ、すかしちゃって。でもそんなトコが好き、とか「きく」くんの華奢な背中を見つめて悦に入っていると誰かに思いっきり頭を叩かれた。

「いたっ!」
「ずいぶん余裕じゃねえか、××?」

振り返ると、頬を引きつらせた教師が丸めた教科書を片手に目の前に立っていて、思わず愛想笑いをした。なんてベタなんだろう。周囲の人間はくすくす笑っていて、友人の方をちらりと見ると唇が動いているのが見えた。大方ばか、とかそんなところだろう。うるさい、と唇を動かすともう一度頭を叩かれた。絶対今の勘違いされた。

「そんな余裕なら、この問題も解いてくれるよな」

出来る訳がない。あたしはもう一度へらりと笑った。




[ back to top ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -