▼ 人魚姫の復讐
「シュウは、キャプテンじゃなくなったらどうするの?」
急に言葉をぶつけられたシュウは、ベッドの上で寝そべった格好のままきょとんとした顔で〇〇を見あげた。
「なにが?」反射で問い返すと、シュウにベッドを奪われたせいで〇〇が仕方なく座っている椅子が軋んだ。キィ、と小さな抗議の声がする。
「だからね、シュウはキャプテンじゃなくなったらどうするのって」
「あー……どうするんだろうね」
へら、と笑って他人事のように答えると、また小さな抗議の声がした。あの椅子、クッションが少なくて座り心地最悪なんだよなあ、とくだらないことを考えながら両腕を突っ張って起きあがる。こちらもあまり上等とは言えないベッドのスプリングが軋んで、なにかの悲鳴のような音がした。
上半身を起こして壁にもたれてしまうと、それまで洗剤に混じって僅かに鼻を擽っていた〇〇の匂いが離れてしまって、ほんの少し名残惜しいような気もした。実際はシーツなんて毎日取り替えられているし、ほとんど気のせいに近いのでシュウはそこで思考を打ち切る。
改めて少し距離のある〇〇に身体ごと向き直ると、彼女は元から少ない表情の変化をさらに乏しいものにしていた。というより、ほとんど無表情だった。その様子に、仕方ないなあと思いながら服の乱れを適当に直し、かるく笑う。
「どうもしないよ。キャプテンが僕でなくなったって僕は僕でしょ。現に、ゼロのキャプテンは白竜じゃないか」
「やるべきことをやるだけだよ」ごく簡単にその言葉を舌に乗っけて吐きだすと、彼女は顔を顰めた。
今度はなにが気に入らなかったんだろうか?
慰めと宥めの言葉を一通り用意して待ちかまえていると、彼女はようやく矛を握る決意をしたようだった。
「違うわ、そうじゃなくて。キャプテンとしてのあなたも、そうじゃないあなたも、もう必要とされなくなったら?」
語尾が消えてしまうほどか細い声に、素直にシュウは珍しいなと思った。まじまじと〇〇の様子を観察していると、迷うように視線を反らした彼女はついに項垂れてしまう。なにかを恐れているようだった。なにを怖がることがあるんだろう。シュウは不思議に思いながら、明るい声で言った。
「大丈夫だよ、僕たちは負けない。明日の試合も、その次も、ずっとずっと先の試合にも、永遠に勝ち続ければいいんだから」
夢見るような奇妙に優しい慰めの言葉に、〇〇は弾かれるように顔を上げた。赤いくちびるがわなないて、どこからか悲鳴のような声がする。シュウは微笑んだまま、〇〇に手を伸ばした。
「ねえ、それよりもこっちにおいでよ。そんなに不安なら、僕が抱きしめてあげる」
誘うような白い手とあまい誘惑の言葉に、〇〇はようやくの決心で握ることのできた矛を再び取り落としてしまった。あ、と思う間もなく、見ないフリを続けていた間に重さを増してしまっていた矛は、そのまま奈落へと消えていく。
縋るようにシュウを見ると、ただ恐怖に震える〇〇を彼は笑っていた。〇〇の気のせいなんかではなく、確かに彼は臆病な彼女を嘲笑っていた。
〇〇の震える手がシュウの手に乗ると、彼はその手を強く掴んで〇〇を引き寄せた。細くて軽い身体を抱きとめ、その背中に手を回すと操り人形のように吊上げられていた肩が徐々に降下する。急に二人分の体重を受け止めるはめになったスプリングの抗議が落ち着くと、今度は嗚咽を漏らして泣く声がした。
「ごめんなさい、ごめんなさい」そう繰り返して泣く声に、シュウは腕の中の女の髪を梳かしてやりながらやはり明るい声で答えた。
「どうして泣くの。大丈夫だよ〇〇、怖いものなんてないんだから、不安がらなくていいのに」
シュウの言葉など聞こえていないのか、それでも「ごめんなさい」を繰り返す女の首筋に顔をうずめた彼は、少しだけおかしそうに笑った。
「ぜんぶ君が望んだことでしょう?」
――――――
キャプテン!様に提出