短編(使用不可) | ナノ


▼ 今更なこと


ガタッという物音を聞いて、鬼道はベランダを振り返った。

先程確認した時計の短針は12と1の境を示している。
ちょうどUSBを取りに戻ってきた所だったのだが、こんな真昼間に空き巣だろうか。カーテン越しにもぞもぞと動く黒い影に鬼道は眉を寄せた。近所の犬や猫にしては影が大きいし、それが動くたびに錆びた鉄がぎしぎしと鳴っているのが聞こえる。やはり、人だろう。鬼道は確信と同時に溜息を吐いた。

「こんな安アパートにしたのか」そう言って呆れ顔をした養父の顔が脳裏を過ぎる。

家柄のお陰で養父がセキュリティを気にするのもわかってはいたが、所詮男の独り身だし、研究の忙しさからほとんど大学に詰めていて家にいることの方が少ない。それならば、養父の提示したバカ高いマンションよりも、大学からほど近くて手狭な住処の方がよっぽど落ち着くというのが鬼道の持論だった。

ここを選んだことを間違っているとはいまも思わない。一階角部屋、安アパート。結構なことじゃないかと、鼻を鳴らしてカーテンを引いた。躊躇いはなかった。けれど鬼道は空き巣の正体を確認すると、ゴーグルで覆われた両目を見開いた。


「〇〇?」


鬼道に負けず劣らず、大きく目を見開きながら振り返ったのは鬼道もよく知る人物だった。××〇〇、孤児院時代に知り合ってそこからずるずる続いている鬼道の腐れ縁。それが空き巣の正体だった。


「なにをしている」


驚きを引っ込めた鬼道は代わりに眉間にシワを作ってガラス越しに詰問をした。強い口調で問われた〇〇は鬼道の機嫌を悟ってか、小さく口を動かす。ごにょごにょ、と何事か言ったのだけはわかったが、肝心の言葉が聞き取れなかった。鬼道は溜息を吐くと窓を開け、もう一度「なにをしている」と繰り返した。〇〇がへらりと笑いながら、右手に掴んでいるビニール袋を持ち上げた。ガサガサと鬱陶しい音と一緒に、中に詰め込まれたものが揺れるのがわかった。


「だからね、ご飯作っといてあげようと思って。鬼道くん、むずかしい研究で忙しいって春奈ちゃんが言ってたし、身体壊したら大変でしょ」


馬鹿か、と思ったが口には出さなかった。代わりに鬼道は「どうしてベランダにいるんだ」とだけ言う。〇〇がまたへらりと笑った。取り繕うような頭の悪そうな笑みがまた鬼道をいらつかせる。


「鍵、忘れてきちゃって。ベランダから入れないかなあって思ったの」
「あいにく、俺はそんなに不用心な人間じゃない」


突き放すような鬼道の口調に、「うん」と困ったように〇〇が視線を下げた。


「それに、そんな勝手なことをさせる為におまえに鍵を渡したんじゃない。そういうことは、お前の恋人にでもすればいい」


酷いことを言っている自覚はあった。けれど鬼道の苛々はどうにもならず、それと同じくらいに俯いている〇〇の唇に噛みついてやりたくて仕方なかった。


「ごめんね、鬼道くん」


〇〇があいまいに笑う。悲しそうな笑い方だったが、鬼道はそれをただ見下ろしていた。今さらだったが、なんの疑いもなく昼の陽射しを浴びている〇〇が不思議だった。彼女に会う夜はいつもうすぼんやりとした明かりの中で、淡く色づいた肌ばかり貪っていた。柔らかい肢体の心地よささえあれば〇〇自身への苛立ちなどすぐにどうでもよくなる。

〇〇が手に入らない苦しみも悲しみも、すぐに溶けて消える。


「ごめんね、鬼道くん」


悲しそうな〇〇の笑顔の前で、鬼道はただ〇〇の肌の白さと柔らかさを思っていた。



――――――
「昼間のベランダ」で「鍵」「選ぶ」





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