短編(使用不可) | ナノ


▼ 告白


私の主は冷酷なお方です。

常に感情を凍らせなければならない忍の私なんかも、時折ぞっとするぐらいに恐ろしいことをなさいます。人の命をなんとも思っていない方、と形容しますとなんだか非難染みた幼稚な言い方になりますが、べつに間違いはないのだろうと思います。……ああいえ、なんだか少々語弊があるような気も致します。

そう、主風に言いますと人の命は駒なのでございます。

かくいう私ももちろん〇〇という名の駒の一つで、毛利元就様という主をいただいております。もっとも、忍等吐いて捨てるほどおりますし、私は特別腕の立つものでもございません。さらにいえば主の駒はそれこそ桁の数が違いますし、私の〇〇という名等、本当になんの価値もございませんが。

そして私はいま、瀬戸内の鬼との戦場で主の側近く切り掛かってくる雑兵どもを始末する役目を頂いておりました。

おりました、と過去形なのにはきちんと理由がございまして、瀬戸内の鬼との戦場はもはや乱戦状態となり、私は主から切り離されてしまったのです。周囲の雑兵を打ち倒し、主の元へたどり着いた頃には瀬戸内の鬼との一騎打ちが始まっておりました。

それも、主は深手を負ったご様子でした。利き手からも整ったご容顔からもだくだくと血を流され、輪刀を支え振るう手にはいくばくの余裕も残されていらっしゃらないのがわかります。

このような時、武勇で鳴らした勇将や、軍略に優れた知将ならばいかがするのでしょうか。手勢を率い主に加勢したり、計略をもってしてその場を収めようとなさるのでしょうか。

しかし私はただの忍で、主の駒の一つに過ぎません。瀬戸内の鬼を打ち倒す力も、手勢を率いる権力も、計略の浮かぶ知性もございません。けれど主の欲しているものはよくわかっておりました。

ならば、選び取る答えは決まっておりました。






長曽我部元親は、目の前の白い顔を不思議な思いで見ていた。血に濡れ、土埃で汚れてはいるが十分に整っていると感じさせるだけの美貌だ。ただ、少し鋭過ぎる気もする。それは当人の気質のせいもあるのかもしれないな、と毛利元就の苛烈といえる人柄を思い出して心の中で苦く笑った。

しかし何故だろう、不思議に懐かしく、心が凪いでいる。戦を始めた当初は、この男の部下に対する態度が心底腹立たしく、腹に据えかねてさえいたものを。今はただ、穏やかなものだった。自ら打ち鳴らす剣鼓の音も、戦場の血の臭いも、雄叫びも、砲撃の音すらしない。目の前にいる、この美しい男にしか現実を感じなかった。

それは終わりを予感していたせいかもしれない。自分の一振り毎に毛利の傷ついた腕は悲鳴をあげ、身体を少しずつ砕いている確かな手応えがある。この戦は、俺の勝ちだ。長曽我部元親はそう確信したが、毛利元就は無表情を崩すことはなかった。


これが最後の一振りになるのだろうか?


疑問符を付けながら、ほとんどそうなるだろうと思っていた。それほどに、毛利元就の身体には限界が来ていた。事実、それは長曽我部元親の最後の一振りとなった。

忍を貫いた、最後の一振り。


「なっ、?!」


突然割り込んできた黒い塊に、長曽我部は反応することができなかった。女だ、忍だ。そう気付いたのはそのまま刺し貫いたあとで、長曽我部の得物が女の腹に深々と飲み込まれたあとだった。しまった、そう思った時には手遅れで、女は己を刺し貫いた獲物を愛おし気に両手でにぎりしめるとかわいらしく笑った。戦場では不似合いな笑みだった。長曽我部が目を見開く。


「元就さま」


その言葉とほとんど同時に、元就の輪刀が長曽我部の首を撥ねた。多量の血が宙を舞い、既に血濡れの二人をさらに赤く染める。長曽我部の身体も、少しすると首と同じように倒れた。忍も引きずられるように地に倒れ伏し、震えるように息を吐く。自分は死ぬ。〇〇はそれを確信していた。寒いのか痛いのか熱いのか、もうなにもわからなかったが、自分が死ぬことと主の存在だけはわかった。震えながら虫の息を吐く己の忍を、元就はただ見ている。


「ご無事で、ございますか」
「ああ」
「遅参、まことに、申し訳なく」
「ああ」
「もと、なり、さま」
「忍、大儀だった」


はい、と返事をしながら女は笑った。それが女の最後の言葉だった。微笑んだまま遠くにいった女の名を、元就は小さく呟いた。







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