▼ 恋する男子
久しぶりにサッカー部の朝練がなくて、これまた久しぶりに一緒に登校したというのに、ジローは朝からずっと不機嫌だった。私がなにを喋ってもむっつり唇を閉ざして、なにも言わない。
いい加減イライラしてきて、教室に着いてようやく別れられると思ってホッとした途端、ジローは口を開いた。
「おまえさ、昨日の夜ジャージ着てマフラーぐるぐる巻きにして毛糸の帽子被ってマスクで自転車漕いでただろ」
「なぜバレたし」
咄嗟のことで取り繕うヒマもなく、口からぽろりと言葉が零れた。
……あ、やべ。
これほぼ肯定してる。
言ってから気付いて焦りだした私を見て、ジローの眉がぎゅっと寄った。ついでに片方しか見えていない目も釣り上がっている。
「やっぱりあれ〇〇かよ! 気付いてないみたいだから言うが、すげぇダサいからな! マジああいう恰好で外出んの止めろ、俺が恥ずかしいだろ!」
ジローに言われなくてもダサいのは自覚済みだ。私の美的センスはそこまで狂ってない。
でもべつに、夜にコンビニに行くぐらいなら許される恰好だと思うのだ。私だって一応の羞恥心で顔はほぼ隠した状態だったんだから、知り合いと擦れ違ったって気付かれないのが普通なのに。
気付いたジローがおかしいだけで、あの恰好の私を見て帝国学園の××〇〇とを結び付ける人間はまずいないと断言できる。
だから、どうしてジローがそこまで言うのかがわからない。
「なんでジローが恥ずかしいのさ?」
バレて恥ずかしいのは私じゃん、と唇を尖らせるとジローが猛然と吠えた。
「俺がおまえの彼氏だからだよ!」
なにそれこわい。
ふん、と私よりもよっぽど可愛い顔した美少女……間違えた美少年が鼻息も荒く吐き捨てた。しかも見事などや顔だ。
「……ああ、えーっと。女にはまだ夢見たい年頃なのね?(笑)」
「(笑)ってなんだおまえ、いまどうやって発音した」
「ジローも出来てるよ」
「まじか(笑)」
ふぉおおお、とジローは感極まった様子で(笑)を連発しだした。
……うん、今日もジローは単純だ。
生温い目で私がジローを見守っていると、上からため息が降ってきた。振り返ると、源田が私の後ろに立っている。すごく呆れ顔だ。
「お前たちはまた懲りずに……。佐久間、いい加減帰ってこい。馬鹿にされていたがそのままでもいいのか」
「あ」
「余計なことを……」
我にかえったらしいジローの様子に小さく舌打ちすると、源田が私の頭を小突いた。地味に痛い。
涙目になって見上げると、源田は頭痛でも堪えるような表情をしていた。
「朝からリア充っぷりを見せつけるのもいいが、いい加減余所でやってくれないか。もうお腹いっぱいだ」
「リア充?」
私とジローの会話の、どこの部分を切り取ればリア充っぽい会話になるのかがわからない。
くだらない、と一笑していると隣でジローがあわあわし出した。顔が赤いので、どうやら照れているらしい。けど顔がニヤついているので、大変気色悪いことになっている。
「ばっ、誰だよそんなこと言ってるやつ! べつに見せつけてねぇし!」
「……」
「……」
私と源田が無言のまま視線を交わした。そして無言のまま視線を外す。
源田が執り成すように咳ばらいした。
「それで、なぜ朝から騒いでいたんだ」
「私が昨日の夜にジャージでコンビニ行ったことがジローは気にくわなかったみたい」
「……なんだそれは」
源田がぽかんとした顔をした。
やっぱり夜のコンビニにジャージは許容範囲内だよね、と私もうんうん頷いているとジローが吠える。
「それだけじゃないんだって! マフラーぐるぐる巻きのうえ帽子被ってマスクだぜ、信じられるか?!」
「あー……まあ、それはちょっと複雑だな。彼氏としては」
なんだそのボーダーライン。
ジャージがありなら他にどんな小物を加えようとなんでもいいじゃん。
私が憮然としている横で、うんうん頷きだした源田にジローがますます勢いに乗って語りだす。
「やっぱさ、彼女にはどんな時だって可愛くしててもらいたいって源田も男なら思うだろ?!」
「ああ。佐久間の言うことにも一理あるな」
ふむ、と頷いて源田は私の名前を呼んだ。
むすっとした顔で源田を睨んでも、ただ爽やかな笑顔が返ってくるだけだ。
……コイツ、実は面白がってるだけじゃないの。
半眼になった私の視線にも、源田の笑顔はびくともしなかった。
「そういう訳だ。男という生き物は案外夢見がちだからな、××も佐久間に少しは気をつかってやってくれないか」
「……意味わかんない」
普通は逆なんじゃないの?
ジローはなんだか女の子に夢を見すぎみたいだし、どちらかと言うと男よりも女の子の方が夢見がちなものだろう。
ここはジローに現実を教えてあげた方がいろいろ良いのに。
眉を寄せた私の隣で、ジローが笑った。
「恋する男子は繊細だっつーことだよ!」
はあ、ととぼけたような相槌だけが口から零れた。