calling you(使用不可) | ナノ


▼ Oh,My God!


 小さくなってしまった自分を受け入れるには、まだ少し時間がかかる。
 けれど僕が置かれている状況は、そんな悠長なことを許してくれない。

 考えるべきことは、他にもあるのだ。

 僕はいま、自分がどこにいるのか把握する方を優先させた。
 ゆっくりと部屋のノブを回すと、長い廊下と幾つかの部屋の扉が現れる。マンションや一軒家ならばどこにでもあるような光景だったが、やはり僕に見覚えはなかった。

 しん、とした重たい沈黙が僕の体に纏わりつく。
 なんとなく予想はしていたが、やはり僕以外に人はいないようだ。出払っているのか、元々人が住んでいないのかまではわからない。

 けれど、そのままじっとしていてもしょうがない。

 最初は恐る恐る、段々大胆とあの部屋以外の場所を僕は探索しだした。

 しかし結局、わかったことは少ない。

 僕が気付いた部屋以外の複数の部屋(意外と部屋数が多く、一つ一つの部屋の面積も広かった)には最初の部屋以上に殆ど物が置かれていないこと、窓から眺めた景色の高さから、ここがどこかのマンションのかなり上の階だということぐらいだ。
 そしてこれは推測に過ぎないが、玄関に置いてあった靴から居住者がいること、全て同じサイズだったことからそれが一人だということ、部屋の真新しさと隅に置かれていたいくつかの段ボールから引っ越してきたばかりということ。

 けれどなんとなく、ここの居住者のことが掴めてきた気がする。

 それなりに経済的に余裕があるが、物欲がなく、物事に対する興味や関心が薄い。幾つかの専門的な書籍から教養や学識があり、クローゼットに仕舞われていた衣服の小ささから今の僕と同じくらいの体格であること。


 ……体格から考えると、女性なのかもしれない。


 機能的でシンプルなものが好きなのか、随分と男っぽい服ばかりだが。
 そう思ったから、クローゼットの調査はそこで切り上げた。もし下着なんて見つけてしまったら、少し気まずい。
 僕は探偵になったような気分で、家中を漁った。どうしてか、外に出ようとは考えなかったし、誰かに連絡をとろうとも考えなかった。

 一つ一つの部屋をしらみつぶしの要領で探索していって、ついに扉は最後になる。
 今までは普通の部屋か、やけに洗練されたデザインのトイレや浴室しか発見していないから(どちらもことごとく広く、しかも何故か二つずつあった)残るはリビングだろうか。
 ノブに手を伸ばし、今まで通り開く。


「すごいな……」


 予想通りリビングだったが、そこも普通とは少し違った。
 テレビや冷蔵庫、ソファといった基本的な物はあったが生活感に欠けている。しかしそのせいで目立つ隙間のことを差し引いても、随分広々としたリビングだった。そして天井も高い。
 とりあえず、真ん中にぽつんと置かれたダイニングテーブルに近づきながらきょろきょろしていると、ロフトを発見した。
 そこへ続く螺旋階段に少し好奇心をくすぐられたが、それよりも周りの探索からしようと引き付けられる視線を無理矢理はがす。
 そしてすぐに、僕はそれを見つけた。
 無造作にダイニングテーブルに置かれた、何枚かの書類。


「これは……」


 なんだろう、と手に取ろうとして、書類の1番上に乗っていた封筒に目が吸い寄せられた。

 なんの変哲もない、白い封筒だ。
 けれどその表の部分に、墨のようなもので井端邦晶様へ、と書かれている。それは紛れも無く、僕の名前だ。

 僕は少し戸惑って、結局その封筒の封を切った。
 中から折り畳まれた紙が出てきて、冷たい指の先で慎重に広げる。開かれた白い紙の上を墨で描かれた文字が踊っていた。


『神様に選ばれた幸運な者へ』


 1番最初にそんなことが書いてあって、それからずらずらと文字が続く。


『貴方は神様に選別された、特別な人間です。喜びなさい。
神様を喜ばせる為に、貴方は存在します。
けれど貴方の不幸は、神様が貴方に望むものではありません。
だから神様は、貴方にいくつかの祝福を施しました。
世界を移動し、その先で貴方は不自由なく暮らせるでしょう。
おお、偉大なる我が神様。素晴らしい。
特典を与えられたことを喜ぶとよいでしょう。いいえ、存分に喜びなさい。』


 ……ふざけているのか?


 あまりにとち狂った内容に、視線が何度も紙の上を泳ぐ。そして書かれている内容が変わらないことを理解すると、指の腹につい力が篭った。
 くしゃ、と悲鳴を上げた紙を僕は少し躊躇って、結局握りつぶす。

 この手紙の主は僕をおちょくっているのだろうか。
 なにが神だ、なにが素晴らしいんだ。
 精神的に異常だと思わざるをえないその内容を反復する内に、腹の底から怒りが込み上がった。

 僕はただ、小さくなってしまった原因、ここがどこなのかを知りたいのに、これはあんまりだ。
 

「クソッ!」


 だん、と怒りに任せて拳をテーブルにたたき付ける。

 一体どんな意味があって、こんなものを僕に残したというんだろう。

 ささくれ立った感情を持て余していると、僕の耳を突然大きな歓声が貫いた。


「やりましたあああ! 遠山ゴール!! 後半残り5分にして、日本決めたあああ!」


 驚いて顔をあげると、テレビからの歓声だった。見慣れた芝のフィールドと、そのうえで抱き合う幾人かの選手たちがいる。
 サッカーの試合だ、というのはすぐに理解できた。


 けれど、


「さあ、リプレイです! 遠山、本郷からのパスを受けて……出たあああ!遠山の必殺技!決まったああああ!!」


 ソレはもう、僕の知っているサッカーの光景ではなかった。
 ボールの軌道の上に見えた強大な竜、幾筋の光、炎。
 握り締めた手紙の存在も、煮えたぎっていた怒りも忘れて、ただ呆然と試合に見入る僕の脳裏で、墨で描かれた文字が踊る。


『世界を移動し、その先で貴方は不自由なく暮らせるでしょう』





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