▼ 逆走
何も見えない、ということに気づいた途端、体が何かに叩きつけられた。急な衝撃に受け身をとることも出来なかったせいで、僕の体を受け止めた何かと頭がもろにぶつかる。胸にもそれが押しあたって、肺への圧迫と痛みのせいで一瞬息が詰まった。
「い、た……」
げほ、と息を吐き出す。
いきなり何が起きたのか、理解することが出来なかった。
重たい瞼を押し上げると、目の前に木の板が見える。それが床だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「……?」
眩暈かなにかで倒れたのだろうか。
けれど目の前の床の何かがいつもと違うような気がして、自然と眉が寄った。
しかし、いつまでもこの体勢というのも不自然で、ゆっくりと上体を起こす。
そして、愕然とした。
は、と意味のない言葉が口から零れ落ちる。さっきまで自分の部屋にいたはずなのに、僕の視界に映っているのは全く見知らぬ部屋だった。
家具やその配置、壁の色や窓の位置すら違う。同じところを探す方が大変なほどに、この部屋は自室となにもかもが違った。
見知らぬ部屋で安穏としていられるわけがなくて、慌てて立ち上がると勢いがよすぎたのか、打った頭が鋭く痛んだ。
「っ、」
片手で痛んだ箇所を押さえ付ける。よほど強く打ったのかじんじんとした痛みが酷く、生理的に滲み出る涙をぐいぐい袖で拭った。
そして何気なく自分の手を見下ろして……、僕の体が凍り付く。
「小さ、い」
見慣れていた手の大きさと随分違う。硬くて骨張っていたはずの手は一回りか二回り小さく、まだふくふくとした柔らかさを持っていた。
人間というのは、一度気付くと他のことにも気付いてしまうのだろうか。
着ている服、視線の低さ、細い体格。
情報が流れ込むたび、どんどん血の気が引いていく。代わりのように頭の痛みは感じなくなっていた。
僕は確かめたい一心で、ソレを探さずにはいられなくなっていた。けれど物が極端に少ないこの部屋にソレがあるはずもなく、ようやく代わりのものを見つけて僕は駆け寄った。
そして覗き込んだ瞬間―……心臓がぎゅうっと縮みあがった。
テレビの液晶に反射されて浮かび上がっている、幼い頃の僕。
その幼い僕が、呆然とした顔で“僕”を見返している。
指を伸ばすと、恐々とした仕種で向こうからも同じように指が伸ばされた。僕の指が固い感触に触れた途端、互いの指が勢いよく剥がされる。
伸ばした指が火傷をしたように熱い。
けれどそれよりも、ドクドクと激しく掻き鳴らされる心音が耳障りだった。僕は苦痛に呻く。
「なんで、どうして……小さくなってるなんて、そんな……嘘だろう」
頭に響く、記憶よりも高い声が決定打だった。
ありえない、と震える唇でつむぎながら視線をさ迷わせる。
なにか、たった一つでいいから“僕”を証明するなにかが欲しかった。
けれどそんなもの、見知らぬこの場所にあるはずがなく。
大きな窓から見上げた夕空に、稲妻マークの鉄塔が見えた。