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▼ セクハラ


 なんでこんなことになったんだろう、と立向居勇気は半ば現実逃避で考えはじめた。

 世界大会優勝を祝うためみんなで雷々軒に来て、騒いで食べて飲んで歌って……。

 それで、一体だれが持ち込んだのか井端が酒を飲んで酔っ払ったのだ。どれだけの量を飲んだのかはわからないが、偶々隣の席にいた立向居が気付いた時には既に井端は顔を真っ赤にしてうつらうつらとしていた。

 慌てて円堂や風丸を呼んだはいいが誰も井端の家を知らず、加えてかろうじて意識のあった井端が立向居にくっついて離れなかった。

 結局響木監督の計らいで店の奥の私用スペースに布団を敷いてもらい、そこに井端を寝かせることになったのだけど。


 それなのにどうして、と彼は何度目かのセリフをまた繰り返し思った。


「あ、あの……井端さん」
「んー? なあに、勇気くん」


 いつの間にか下の名前で呼ばれている。

 慣れない呼ばれ方に戸惑いながらも、にへらと緩い笑みを浮かべる井端の両肩に手を置いた。


「どうして俺、押し倒されてるんでしょうか……」


 すぐ目の前にある井端の顔にひくりと頬が引き攣る。腹の上に感じる重さと、畳に打ちつけた背中の痛みにやけに現実を感じた。

 立向居が井端を寝かせようとしていたのに、どうして逆のことが起こっているのだろうか。店の方からは相変わらず賑やかな騒ぎ声が聞こえていたが、井端が腹の上から退かない限り立向居はその場所に戻れない。

 困惑で眉を下げた立向居に、井端は頬を赤くしたままにっこりと笑った。


「なんか、勇気くん見てたらムラムラしてきちゃって」


 酔っ払いからの予想外の言葉に思考が追い付かなかった。

 そのまま言葉を返さず無言でいると、井端は最初から返事なんて期待していなかったのか立向居の頬に熱を持った手を滑らせる。撫でたり突いたり、を真剣な顔でやっていたかと思うと


「思った通り。やわらかくてすべすべだし、白いからおもちみたい。勇気くん、おいしそうだねえ」


 なにがおかしいのか、ふふ、と上機嫌に笑う井端にぞっと震えが走った。なんだかわからないけれど、このままでは危ない気がする。立向居の危機意識がようやく機能し始めたのと同時に井端が動いた。


「ひゃっ?!」


 井端の顔が近付いてきたと思ったらいきなり耳を噛まれて、立向居の身体がびくりと震えた。井端の吐息と唇、かるく立てられた歯と舌の濡れた感触が一気に立向居を襲って彼の許容量を簡単に超える。

 口をぱくぱくと開閉させ、言葉にならない声をあげる立向居を無視して井端ははぐはぐと彼の耳を食んでいる。ぴちゃぴちゃ、と濡れた音をダイレクトに聞くはめになっておかしくなりそうだった。

 抵抗することも忘れ、ひたすら立向居は固まっていたがしばらくすると井端も気が済んだのか離れた。けれど持ちあがったその顔はひどく不満そうで、少しふくれているようにも見える。


「な、なななな、」
「あんまりおいしくない」


 ひどい言われようだ、と立向居は泣きそうになりながら思ったが口にすることは出来なかった。そのまま井端の顔が降ってきて頬に唇を押しつけられたからだ。

 耳を食べられていた時と違って、今度は目の前で井端の伏せられた睫毛や、その奥のとろんと潤んだ目、上気した頬を間近で見てしまってまた違う意味の衝撃が立向居を襲う。

 呼吸すら忘れて固まり続ける彼をまたも井端は無視をして、ひたすらちゅっちゅっと音を立てて唇を押しつけていた。それは鳥のついばみのように無邪気だったが、恐ろしいことにどんどん頬から位置が下がっていく。もうすぐ唇に到達する、という時に井端の顔がまた離れた。

 その時に、少しだけ、ほんの少しだけ惜しむような気分になったことは誰にも言えそうにない。

 しかし井端が立向居の葛藤を知るはずもなく、とろけるような微笑みを浮かべたかと思うと、


「いただきます」


 と言ってゆっくりとその整った顔を近づけてくる。既に閉じられている両目に立向居の心臓がドクリと跳ねた。う、あ、と言葉にならない声を発しながら、どうしていいのか混乱の極まった頭ではうまく考えられず咄嗟にぎゅっと目をつぶる。そして恐らくは唇に降ってくるのだろう柔らかな感触を想像して、立向居は震える息を吐きだした。


 けれど結局、立向居がその感触を得ることはなかった。


 ごん、と痛そうな音を立てて井端の額が畳にぶつかる。立向居がその音に恐る恐る目を開けると、自分の真横に井端の顔があった。赤い頬のまま、すぅすぅと心地よさそうな寝息を立てている。


 寝ている、のだろうか。


 立向居はそのまましばらくじっと井端の顔を眺めていたが、腹や胸にかかっている彼の重さがさっきまでの比じゃないことを感じ取ると今度は深く溜息を吐いた。

 なんだろうか、この短時間でいろんなものを失った気がする。店の方からは相変わらず楽しそうなどんちゃん騒ぎが聞こえてきたが、また同じような顔で戻れるとは思えなかった。


「井端さん、酒癖悪すぎですよぉ……」


 うう、と泣きそうになりながら立向居は自分の貧乏くじを恨んだ。



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月様へニ万打御礼。
月様のみお持ち帰り可。




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