▼ もみもみ
「おまえってひょろいよなー。ちゃんと飯食ってんのか?」
練習の合間の休憩時間、隣でドリンクを飲んでいた綱海が出し抜けにそんなことを言った。珍しく静かだな、と思っていたところだったのでつい呆れ顔をしてしまう。
「ちゃんと食べてるよ。確かに土方くんとか染岡くんみたいにガタイは良くないかもしれないけど、僕だって筋肉あるんだからひょろいとか言うな」
「はあ? 冗談言うにしてももっとマシなのにしろよ」
「つーかそもそも、土方とか染岡とかと比べるのがおかしいだろ」とけらけらおかしそうに笑う綱海に僕の言うことを信じた様子は欠片もない。それが僕のプライドを大いに刺激してくれた。
「じゃあ自分で確かめればいいだろ」
「うおっ!」
綱海の腕を引っ張って躊躇なく僕のふくらはぎに導く。もちろん練習だからって靴下を穿いていないわけがないので、その上からだけど。
最初は驚いたような顔をしていた綱海だけど、その内、へー、だか、ほー、だか言いながら僕のふくらはぎを揉みだした。そのくすぐったさに堪えながら、なんでもない顔でドリンクを飲む。綱海はその間もまだ揉んでいる。揉む。揉む。揉む。揉む。も……
「……綱海、いつまで触ってるんだよ」
何十秒か、或いは一分ぐらいだろうか。僕の体感的にはもっと長く揉まれていたような気がするのだけど、色んな意味で限界だった。ジト目で綱海を睨むと彼はへらりと笑う。
「だってよー、よくわかんねーんだもん」
「はあ? これだけ触っておいて?」
そんなはずはない。靴下や服の上からでは分からないこともあるかもしれないけど、僕だってかなり練習を積んでいるしトレーニングだって欠かしていない。それなのに綱海は「おう!」と明るく言い放って「だからよ」と続ける。
「ひっ、綱海?!」
僕のふくらはぎに触れていた綱海の手がするりと動いて、今度はハーフパンツから剥き出しになっていた太腿を掴まれた。靴下越しでもわずかに感じていた彼の手の温もりを直接与えられて、意識とは関係なくぶるりと身体が震える。
「んー、あ、確かにこれ筋肉っぽいなあ」
綱海は僕の太腿に触れながらそんな勝手なことを言っていたが、正直僕はそれどころではない。
こいつ、人に無断でどこに触ってるんだ!
「やめろ綱海っ!」
「おまえが自分で確かめろって言ったんだろー」
「言ったけど、そこまで許してない!」
止めさせようと腕を伸ばしても軽く避けられてしまう。足を動かそうにも両足の太腿を綱海の手で掴まれているうえ、自由なはずのその先すら簡単に抑えこまれてしまった。そのせいでバランスが取れず、だからって上半身を倒してしまったらもっとヤバイことになりそうで必然的に両腕を地面に付いて身体を支えるしかない。
「いい加減にしろよ!」
「えー、いいだろ別に。男同士なんだしよー、そんな暴れることねえじゃん」
悔し紛れに叫ぶと綱海は拗ねたような顔をしたが僕にはすぐにわかった。こいつ完全に遊ぶ気でいる。
そんなの冗談じゃない、とどうこの馬鹿を遣りこめようか考えている時だった。綱海が不思議そうに僕の顔を覗き込みながらおかしなことを言い出した。
「てかおまえってさ、ホントに男なのか?」
「……男じゃなかったらイナズマジャパンにも選ばれてないと思うんだけど」
両足の動きを完全に拘束されてしまっている屈辱も一瞬忘れるほどの衝撃だった。同じ場所で寝泊まりしているのだから、当然目の前で風呂に入ったり着替えたりとやってきていたのにどうしてそんな質問が今更出てくるのかわからない。それに僕の顔はべつに女顔ではないし、髪だって特別長くない。どこにもそんな要素はないはずなのに、僕の答えに綱海は途端につまらなそうな顔をした。
「んなのわかってるけどよー」
「じゃあその顔はなんなの」
馬鹿に付き合っていると疲れる。はあ、と溜息を吐くと綱海がずいっと顔を近づけてきた。唐突に、互いの鼻先が触れそうなほど近くなって、驚きのあまり吐きだした息をすぐに吸いこんでしまう。
「つ、綱海?」
なんだか様子がおかしい、気がする。戸惑いながらの呼びかけにも応じる気配は見せず、綱海はどこかぼんやりとした表情で僕を見ていた。
彼の髪の毛先が僕の頬に触れている。その擽ったさのお陰で黒い目に視線まで拘束されそうになっていたことに気付いて、咄嗟に顔を下に向けた。綱海の吐きだした息を髪に感じてじわりと汗が滲む。太腿を掴んでいる彼の手がひどく熱い。
「だってよー、井端って色白いし、なんかキレイだし、肌もすべすべしてるし、柔らかくはないけどあったけーじゃん」
「だから、女だったらいいなって」
「そう思っただけだ」静かに言った綱海がどんな顔をしていたのか、僕には知る勇気がなかった。
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