calling you(使用不可) | ナノ


▼ 反吐が出る


 ……正直に言って、僕はいますこぶる機嫌が悪い。


「なあ、どうかしたのか? なんかすっげぇ不機嫌そうだけど……」


 引き攣った表情の半田がこそこそと話しかけてきたけれど、反応を返せる余裕すらなく黙殺する。なにも考えないで済むよう、ただ機械的に手足を動かして道を進む僕に半田は「いつもの井端じゃない……」と怯えた顔を見せた。

 ……いつもの僕ってなんだ。棘があると自覚している視線を送ると半田は小さく悲鳴を上げた。


「お前、ホントにどうしたんだよ。あいつらいるのに猫被らなくていいのかよ!」


 器用なことに、声は潜めたままそれでも十分悲痛そうに聞こえる声音で半田は前を歩く私服姿の集団を指さす。水色、バンダナ、ネコ耳帽子、ツンツン、茶色、ドレッド、エトセトラエトセトラ。ぱっと見ただけでも、色彩にもバラエティにも富んだトンデモ頭の持ち主たちがぞろぞろ僕らの前を歩いている。


 ……ああ、本当に、やっていられない。


 気を抜くと溜息どころか怨嗟の言葉を吐きそうになる唇をぎゅっと閉じると、あまりに惨めな気分に今度は泣きたくなった。ああ、どうして僕ばかりこんな目に。

「お、おい井端ホントにどうし……」半田の言葉は最後まで続かなかった。割り込んできた奴がいたからだ。


「井端さん! ホントにどうしたの? なんだか今日はいつもと違って元気がないみたいだけど……」


 心配そうに眉を寄せて僕の顔を覗き込んできたのは、色素の薄い髪の毛に同色の目の色をした柔和そうな顔の見知らぬ少年だ。まあもっとも、本当に柔和な性格ならば半田を押しのけてあまつ転ばせたりはしないだろうけど。打ちつけたのか、鼻を抑えてもんどりうってる半田には誰も構わず、前を歩いていた集団がぞろぞろと僕らを囲みだした。

 「大丈夫だから気にしないで」と、感情の籠っていないだろう声と顔で名前も知らない少年に返すと、彼の後ろから今度はドレッド頭とツンツンヘアーが結構強引に割り込んでくる。

 ……わかりやすく言うと鬼道と豪炎寺なのだけど、目の前のコイツラは僕の知ってる彼らとは結びつかない。というより付けたくないのだ。


「いや、やっぱり元気がないな。やはりどこか具合が悪いんじゃないか?」
「ああ、鬼道の言う通りだ。井端は頑張り屋さんだからすぐに無理をするだろう。よし、やはり今日はウチの病院に行って安静にしよう心配するな一日中俺がお前の面倒を見てやるさははは」
「いや待て、お前の病院はここと方面が真逆だろうが。っていうか一日中って豪炎寺お前井端に何をするつもりだ、その手を離せ変態」
「俺は好意で言っているんだ。具合の悪い奴に看病なんて当たり前だろうが、鬼道こそナニを想像したんだ」
「ナニってな……ごほん。どちらにせよ清らかな井端をお前のような汚れた奴に渡すか! 豪炎寺に任せるぐらいなら俺が井端を看病する!」


 ぎゃあぎゃあと全く意味不明な言い争いを始めた二人にサブイボを立てながら心底引いていると、マックスがぼそりと「どっちもどっちだよ」と呟くのが聞こえた。本当にその通りだと思う。っていうかなんだコイツラ気持ち悪過ぎる。


「でも確かに、あのバカ達じゃないけどちょっと顔色が悪いな。どうかしたのか?」


 一郎太くんがさり気無く毒を吐きながら心配そうに首を傾げると、その拍子に高い位置で結ばれた水色の髪の毛が音をたてて揺れた。一郎太くんは、いつも通りなのだろうか。苛立ちと嫌悪、それから不安が混じりあって曖昧に笑うことしかできない。

 「だよなあ」「大丈夫か?」と、口々に同じような調子で尋ねてくる見覚えのある人、ない人が入り混じった周囲にも「大丈夫」とだけ返すと、困ったように一郎太くんが眉を寄せた。

 そして僕の頭にぽんと手を置くと、ひどく優しい笑みで照れくさそうに「無理すんなよ、邦晶は女の子なんだからさ」と言う。


 ……オンナノコ。


 そんなことを冗談でも言われようものなら、普段の僕は例え相手が一郎太くんでも容赦しない。鋭く研ぎ澄ました言葉の刃で相手の矜持もなにもかもズタズタに引き裂いてやる。

 けれどいまの僕は、黙って俯いて唇を噛むことでその屈辱に耐えることを選択した。何故かと問われれば、そんなのは、いまの僕にとって一郎太くんの言葉が嘘でも、まして冗談でもないからだ。

 腰まで伸びた手入れの行き届いたサラサラの髪、理想的に引き締まった柔らかい肢体、指先に光る桜色の貝のような爪、赤く色づいた小さな唇、長い睫に縁取られ濡れたような輝きを持つ双眸、すっと通った鼻筋、キメの細かい白い肌。極めつけに、長くほっそりとした足が風に揺れるスカートから心許無く伸びている。


 これが他の誰でもない、いまの「僕」の姿だ。


 普通に朝起きて、股間の物が無くなっている代わりに胸に二つの膨らみが付いていただけでも絶望せずにいられないのに、驚いたことに僕がいる「ここ」は所謂あの世界の「パラレルワールド」であるらしい。

 それも僕がいた世界よりも時間軸の進んだ世界であるらしく、そのせいか見たこともない人間がさも当然のように輪の中に混じっている。先程の少年の他にも、長い金髪の整った顔立ちの少年や赤い髪をした顔色の悪い少年、薄い青の髪で何故かTシャツの袖を肩まで捲くっている少年だとか……まあ、説明するのが面倒になるぐらい他にも個性が強すぎる幾人かだ。

 どうしてここが「パラレルワールド」であり、それも時間軸の進んでいる場所であることを僕が知っているのかと言えば、この事態を引き起こしてくれたクソ野郎……『神様』から一方的なメッセージがあったからに他ならない。

 『神様』曰く、「ごめん手続き間違えてパラレルワールドに精神だけ飛ばしちゃった☆」らしいのだが、そうなった経緯を説明していないうえにどうすれば戻れるのかとか、そういった事は一切書いていなかった。本当にクソ野郎だ。

 けれど、わざわざ異世界から僕を連れてきた『神様』が「あの世界」に僕を戻さないはずはないだろう。ここがある程度あの世界の流れを汲んだ「パラレルワールド」であるならきっと物語はまだ途中のはずだ。それは僕の知らない彼らがその存在を持って証明していると、そう思う。

 それならばきっと『神様』は「あの世界」に僕を戻す。それがいつの日になるのかは、それこそ「神のみぞ知る」という奴なのだろう。本当に、くそったれな世界だ。

 到底飲み下せない苦いものを腹の下辺りに苦労して沈めていると、ふいに名前を呼ばれた。僕の性別は逆転したというのに、名前が変わらないなんておかしなものだと、そんな感想がふっと浮かぶ。どうやら僕は精神だけこの世界に飛ばされ、作り物の容れ物と仮初の設定を与えられているようなので(それが所謂ハーレム設定な辺り『神様』はとことん僕を苦しめたいらしい)、それも当然なのかもしれないが。

 顔をあげると、緑色の髪をした少年が「邦晶、本当に顔色悪いぞ?」と気安い調子で馴れ馴れしく僕の名前を呼び、肩に触れてくる。その感触にまたぞわりと鳥肌が立った。


 ……ああ、耐えようと、そう思ったのだけど、全く。


「反吐が出る」


 にこりと、殊更キレイに微笑むと、少年の頬からゆっくりと赤みが失われていった。




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撫子様へニ万打御礼。
撫子様のみお持ち帰り可。




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