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▼ チョコレート色の 後編


 それを思いついたのは本当にたまたまだった。

 去年のことを覚えていたのか、或いは本当に用事でもあったのか半田は既に家に帰った後で、僕は両手から紙袋を提げて靴を履き替えていた所だった。そこに一郎太くんがやって来て、嫌そうな顔で僕を見たのだ。

 その途端、ぱっと閃いた。


「ね、一郎太くん」
「……なんだよ」


 渾身の作り笑いを浮かべると、一郎太くんは滅茶苦茶不審そうに僕を見た。心なしか後ずさっているような気もする。失礼だ。しかし僕はそれぐらいでめげたりしない。


「一郎太くんって、甘いもの好きだったよね」
「は? まあ、嫌いではないけど……」


 いきなりなんだよ、と眉を寄せる彼に僕はただにんまりとした笑顔を向けた。




 そわそわと落ち着きのない様子の一郎太くんにお茶を淹れたコップを出すと、短く礼を言ってちびりと口をつける。それをじっと見ていると、コップを離した一郎太くんが苦く笑った。


「邦晶の家って、なんか落ち着かないんだよなあ……」
「それはしょうがないよ。僕も落ち着いたりしないから」


 無駄に広いしね、と何でもない風に付け足しながら手を動かしていく。リボンや包装紙を解いた箱を幾つも並べていくと、ローテーブルはすぐに埋め尽くされてしまった。


「これ全部チョコかよ……」


 流石に一郎太くんもげっそりした顔でテーブルの上の惨状を見下ろしている。


「ほとんど義理だろうけど」
「いや、これなら本命半分くらいはあるだろ。告白とかされなかったのか?」
「うーん……呼び出された時にされたのが幾つか、かな。あ、」
「ん? って、オイ……」


 見覚えのある箱の中から現れた可愛らしいメッセージカードに、丸い字で「好きです」と書かれている。頭の中にぱっと、熟れたリンゴみたいに赤い顔で僕を見つめる女の子の顔が浮かんだ。これは確か、彼女から渡されたものだったろうか。あまり覚えてはいないので確信はないが、そんな気がした。

 僕の手元を覗き見た一郎太くんの頬がひくりと引き攣る。


「どうするんだ、それ」
「あとでゆっくり考えるよ」


 返事をするしないに関わらず、僕の答えは「NO」しかあり得ない。けれどそれを一郎太くんに聞かせる必要はないと思ったので曖昧に笑いながらテーブルの端の方に置く。一郎太くんは「ふーん」と言いながらも、なんだか気に入らなそうにカードを見ていた。


「で、俺はこの大量のチョコの消費を手伝えばいいんだっけ?」
「うん。そうしてくれるとすごく助かる。一郎太くんの食べたいもの適当に選んでいいから」


 協力よろしく、と笑うと一郎太くんは僕の顔をちらりと見た。不可思議な色合いの目がすっと細まり、一瞬だけ彼から表情がなくなる。瞬きの後には消えていたので見間違いなのだろうが、なんだかぞっとする表情だった。

 僕から視線を外した一郎太くんは、すぐに「それ」と指さした。見ると、それはさっきメッセージカードが出てきたチョコレートだった。


「え、これがいいの?」


 予想外の選択に戸惑ってしまうと、それが顔に出たのか一郎太くんは途端に不機嫌そうな顔になる。「俺がそれがいいって言ってるんだが」といつもより強い口調で言われて、つい反射で差し出してしまった。一郎太くんはチョコの入った箱を受け取ると、満足そうに笑う。


「ありがとな」
「いや、べつに……」


 いいけど、と言いながらも一郎太くんの指がチョコを一粒摘むんで口の中に放り込むのをじっと見つめてしまう。頭の中にちらちらとあの女の子の潤んだ目が浮かんで、やっぱり一つくらいは食べなきゃいけないよな、と思った。

 「あのさ、一郎太くん」そう言いかける途中で、チョコレートを咀嚼していたはずの一郎太くんが素早く箱を掴んでそのなかに口内のものを吐きだした。


「い、一郎太くん?!」


 突然の事に驚いて目を見開くと、げほげほと幾つか咳を繰り返しながら一郎太くんがキツく眉を寄せる。


「これ、酒入ってる……!」


 へ、と間抜けな声が出る。

 一郎太くんは咳のせいか涙を溜めた目で僕を見ると、「ウィスキーボンボンだよ、しかもかなりキツイやつ」と答えた。僕がようやく機能し始めた頭でなんとか相槌をすると、一郎太くんは途端に眉を八の字にして申し訳なさそうな顔になる。


「悪い、折角食わせてもらったのにこれ全部ダメにした。酒入ってるなんて思ってなかったからさ……」


 しゅんとした表情で謝られて、慌てて首を振る。中学生相手にウィスキーボンボンを贈る方がどうかしてるのだ。思わず吐き出してしまった一郎太くんにはなんの罪もない。


「大丈夫だから気にしないで! もし食べたのが僕だったとしても、同じように吐き出してただろうし」
「いや、でも……やっぱりお前に好意を寄せてるやつのチョコを俺が代わりに食べるってのも問題あるよな」


 ちらりと一郎太くんの視線がテーブルの端に置いたカードの方に向かったのを見て、僕は少し躊躇ったあとに手の中でそれを握りつぶした。リンゴのような少女の顔も脳内から追い出し、一郎太くんに精一杯微笑みかける。


「そんなこと気にしなくていいんだよ。僕は誰とも付き合う気なんてないし、でもチョコレートを無駄にするのはなんだか勿体ないでしょう。一郎太くん甘いもの好きだったし、無駄にするよりは喜んで食べて欲しかっただけなんだ」


 ね、と念押しをすると、一郎太くんは眉間に込めていた力を抜いたようだった。


「邦晶……」
「変なもの食べさせちゃってごめんね。少し待ってて、口直しに飲み物持ってくるからさ」
「ほんとごめんな」


 いいって、と笑うと一郎太くんもようやくほっとしたように笑った。一郎太くんからチョコの入っていた箱を受け取り、席を立つ。

 一郎太くんは律儀な性格だから、僕がなにを言っても気にしてしまうことはわかっていた。さっきのセリフは気休めと誤魔化しだ。自分の口もよくここまで回るものだ、と苦笑混じりに溜息を吐く。

 それにしても、あの子も変なものを送ってくれたものだ……。

 握りつぶしたカードと共にラッピングが崩れてしまった箱をキッチンのゴミ箱に無造作に突っ込む。

 未練も躊躇いもなかったし、その時の僕の頭には一郎太くんの飲み物どれにしようかとか、他のチョコはまともだといいなとかその程度で、だから僕の背中を見つめていた一郎太くんの顔が満足そうに笑っていたことなんて少しも気づきはしなかった。



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首領様へニ万打御礼。
首領様のみお持ち帰り可。


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