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▼ 知らなくていいよ


 尾刈斗中との試合当日の朝を迎えても、僕と豪炎寺に対する染岡くんの刺々しい態度は変わらないままだった。チームが一つに纏まっているとはお世辞にも言えない状況だけれど、こればかりは仕方ないのかもしれない。

 まあでも、本音を言えば染岡くんにはもう少し大人になってもらいたい所だけど……。それでも、なんの感慨も抱かずに僕らを受け入れてしまうよりはよっぽど好感の持てる反応だと思う。エースストライカーというポジションへの欲が染岡くんにあるからこそなんだろうし、そういう感情はとても大切だ。むしろその類の感情がない奴に獲得できるほど安いポジションではない。

 尤も、僕のポジションはあくまで攻撃的MFであってFWではない。だからポジション争いも関係ないし、本当だったら染岡くんの僕に対する態度はとっくに軟化しててもおかしくないはずだ。でもそうならないのはサッカー以外の原因があるからで、僕はその部分で純粋に染岡くんから嫌われているということになる。


 ……そうだとしたら、本当にショックだ。


 大きく溜息を吐きだしながら足を伸ばしてストレッチをしていると、背中を押してくれていた影野が不思議そうに僕の名前を呼んできた。ちなみに彼のことは帝国の試合で初めて知ったのだけど(雷門中はマンモス校なので同じ学年でもべつに珍しいことではない)、ちょっと怖い見た目に反してかなりいい人だ。


「どうかしたのか……?」
「染岡くんのことなんだけどさ、僕本気で嫌われてるのかなあって」


 そうだとしたら凹む、と言いながら染岡くんの方をちらりと窺うと、円堂と組んでストレッチをしていた彼がちょうどこっちを振り返った。そして僕と目が合うなり、思いっきり顔を顰めて明後日の方に視線を反らしてしまう。うん、本当にバッチリ嫌われてる気がする。


「……染岡にも、色々と事情があるんだろう。井端があまり気にすることはないさ……」
「そうかな?」
「ああ。むしろ、井端こそ染岡を嫌ってはいないのか……?」


 意外な質問に、上半身を前に倒しながら「どうして?」と聞き返すと、影野は躊躇うような調子で、


「染岡の井端に対する態度は理に適ったものじゃないだろう……だから、あんな風に接せられたら普通苦手に思ったり、嫌ったりしても仕方ないと思うんだが……」


 影野の言う「あんな風な態度」というのはすぐに察しがついたけど、僕自身不思議なぐらい染岡くんに対して苦手とか嫌いとか、そういうことを思ったことはない。そりゃあ多少は鬱陶しかったり、寂しく思ったり、そういうことはあるけど。


 ……ああでもやっぱり、


「半田のせいかも」
「半田?」
「うん。半田から色々と聞いてたんだよね。円堂たちのこともそうだし、勿論染岡くんのことも。本当はどういう人なのかってぼんやりとでも知ってるから、だから嫌う気になれないのかもなあ」


 なるほど、と納得したように相槌を打つ影野と交代して、今度は僕が彼の背中を押す。長い紫の髪を無造作に垂らしているせいで、サラサラの髪が僕の手の甲を絶えず擽る。結んだりしないのかな、それにしても綺麗な髪だ、とどうでもいいことを考えながら


「半田から話を聞くうちに、僕も仲良くしたいって思ってたのかも」


 ふふ、と笑っていると、少しの沈黙のあとで影野が「俺は?」と言った。


「ん、なにが?」
「俺とは、仲良くしてくれないのか」


 ……影野は予想外のことばっかり言うなあ。


 けれど、少し不安そうな声でそんなことを言ってくれる相手に突き放すなんて選択肢を取るともりはない。


「なに言ってるの、むしろ僕からお願いしたいぐらいなんだけど」
「……そうか」


 「じゃあ、手始めにお前みたいに目立つ方法を教えてくれないか……」影野はすぐにそう切り返してきたけれど、長い髪の間から少しだけ見えた耳が赤く染まっていたことについては見なかったフリをしてあげようと思う。





 各自一通りストレッチを終えると、見計らったように尾刈斗中の選手たちがやってきた。ぱっと見ただけでもフランケンシュタインのような大男や、包帯ぐるぐるのミイラ男、仮面を付けたGKと選り取り見取りだ。こいつらサッカーの試合じゃなく仮装大会かハロウィンとでも勘違いしているんじゃないだろうか。そう思いながらもセンターラインに向き合って並ぶと、ちょうど僕の正面に立っている目玉の描かれたバンダナを付けた少年が口を開いた。


「あんた、井端邦晶だよね」
「うん。そうだけど……どうして僕の名前を?」
「帝国とのビデオを見た」


 簡潔で愛想のない物言いに、ふぅん、と相槌を打ちながらも首を傾げる。どうして尾刈斗中が帝国戦の試合のビデオなんて持っているんだろう。

 けれど僕の疑問はすぐに解消される。にこやかに挨拶を交わしていたはずの尾刈斗中の監督が豪炎寺に声をかけたからだ。


「帝国戦で決めた君のシュート、素晴らしかったですよ。今日はお手柔らかにお願いしますね」


 あくまでも物腰丁寧に、けれど豪炎寺しか視界に入れていない相手監督を見れば、この試合を相手側が申しこんできた理由は薄々理解出来た。染岡くんもそれに感づいたのか、顔を歪めて噛みついていったけれど相手にすらされずに終わる。なおも食いかかろうとする染岡くんを円堂が抑えていると、ふいに相手監督が僕を見た。


「ああ、そうそう。君にも少しだけ期待しているんですよ。あの帝国の試合を見る限り、雷門レベルの選手として置いておくには勿体なさそうだ。しかし、まぐれという可能性も捨てきれませんからね。ま、どちらにしろ私たちをがっかりさせないでくれると嬉しいのですが」
「はは、それはありがとうございます。今日は胸をお貸しいただくつもりですので、よろしくお願いします」


 笑顔のままそつなく受け流すと、相手監督は少しだけ目を見張った。僕がそんな安い挑発に乗ると思ったのだろうか。あいにく挑発や煽りにはフットサル場で慣れている。

 さらに笑みを深めると、相手監督も意味深に笑って去って行った。その背中に心の中でだけ舌を突き出しながら僕も去ろうとしたけれど、尾刈斗中の選手たちが引き揚げていく中で先程のバンダナ少年だけ動く気配がない。

 まだ僕になにか用があるのだろうか。話を促すために首を傾げると彼は口を開く。


「俺も、監督と同意見だ。豪炎寺さんもそうだけど、どうしておまえみたいな奴がこんなところにいる?」
「そんなの、サッカーが好きだからだよ」
「……誤魔化すのか」
「本当のことなんだけどなあ」


 くすくす、と笑い声をあげると、バンダナ少年は気に入らなそうに沈黙したあと「くだらない」と言い捨てて踵を返していく。……顔半分をバンダナで覆っているのにどうして前が見えるんだろう。


「くだらない、ね」


 僕がこの世界で、雷門でサッカーをしている理由なんて一つしかない。


 ちら、と彼の方を振り向くと、相手ベンチを鋭い目つきで睨んでいる染岡くんの傍に寄ろうとしているところだった。


「染岡くん」
「ああ? なんの用だよ、井端」


 僕を認めてさらに不機嫌そうに顔を顰める染岡くんの傍に寄って、その肩をぽんと叩く。僕の手と顔を交互に見て訝しそうにする彼ににこりと笑った。


「肩の力を抜いて。見くびられてるならそっちのがやりやすいよ。相手が油断してくれてる隙に点を奪うんだ、こういう事はサッカーで見返してやるのが一番でしょう」


 染岡くんの目が僅かに見開かれる。そしてすぐに唇を曲げると「言われなくてもンなことわかってんだよ」と言って僕の手を払った。

 そしてそのまま歩きだして行ってしまったけれど、その背中に険悪なものはもう感じられない。素直じゃないなあ、と肩を竦めながら見送っていると誰かが僕の隣に並んだ。


「井端、サンキュな」


 「お前意外に好戦的なのな」とからから笑いながら、隣に並んだ半田が僕の肩をかるく叩く。


「大事なものを馬鹿にされるのは嫌いなんだよね」


 きょとん、と不思議そうな顔を見せる半田に、ふ、と笑みが零れた。



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