calling you(使用不可) | ナノ


▼ 色眼鏡


 乾いたタオルを畳みながら音無は何気なさを装って両隣を見た。

 右隣には先輩マネージャーの木野が、左隣には音無と同じく今日入部したばかりの井端がいる。井端は木野や音無と違って選手としての入部だったが、円堂たちが河川敷から戻るのを待ちながらこうしてマネージャーの仕事を手伝ってくれている。聞けば、遅刻の原因も日直の仕事にかこつけた教師からの雑用だというし、先程初めて顔を合わせた時に叫んでしまったこともあっさり許してくれたし、音無の個人的な感想としては「優しい人」の一言に尽きる。

 けれど、「井端邦晶」とこうして接触を持つ前から音無は彼のことを一方的に知っていた。

 雷門中学に入学し、つい昨日まで所属していた新聞部の先輩から色々と聞かされていたのである。

 ファンクラブもどきのようなものの存在であるとか、去年のバレンタインデーでの偉業であるとか、当時三年生だったアイドル的存在の女生徒をフったとか、実はホモだとか、尾ひれどころか背びれやら手足やらも付いている噂話ばかりだが。

 音無が実際にその噂の真偽を確かめたことはない。興味が無かったというのも事実だが、一つ上の学年ということで接触する機会がほとんどないことに加え、尽きることがない彼の噂の信憑性の無さが「井端邦晶」という人間をどこか違う世界の人として見せていた。

 その、いわば雲の上のような人がいまは自分の隣で一緒に洗濯物を畳んでいるのだから音無としては不思議だ。

 音無の視線に気づいたのか、ふいに井端が顔をあげた。慌てて逸らそうとしたが間に合わず、色素の薄い瞳に音無の視線は絡めとられてしまう。柔らかく整った面差しに正面から見据えられて、音無は意味もなく逃げ出したくなった。


「どうかした?」
「あ、いえ……」


 優しい声音になんとなく後ろめたさを感じてぎこちなく笑うと、井端もにこりと愛想よく笑う。ダメだ、この人。音無の胸に反射的にそんな言葉が浮かぶ。

 なんというか、井端邦晶は完璧すぎた。

 学年トップの成績に加え、運動神経もよく、人当たりもいい。それに容姿だって整っている。それだけ条件が揃っていて、モテない筈がない。女の子なら一度は憧れたことがあるはずの「理想の王子様」の典型例だ。ただし、告白には一切応じることがないらしいが。

 うーん、いかにも苦手なタイプの人だなあ、と音無は思った。

 しかしこれからは選手とマネージャーとして接していくのだし、加えてそれらは未だ井端の表面的な部分でしかない。どうせなら仲良くなりたいよね、と思考を纏めると音無は奮起することにした。


「あの、井端さん!」
「ん、なに?」
「さっきから思ってたんですけど、なんだかやけに洗濯物の扱い手慣れてません?」


 え、と戸惑ったように井端は目を丸くした。きょとんとした顔で音無と井端を見ていた木野も、井端の畳んだタオルやユニフームを見て、確かに、と頷く。


「井端くん、お家でお手伝いとかしてるの?」


 木野の不思議そうな言葉に井端は、うーん、と言葉を濁してから答えた。


「家の手伝いというか、僕一人暮らしなんだよね。やってくれる人もいないから、自然と身についちゃったんだ」


 さらりと言われた言葉に、音無と木野は驚いたように目を丸くした。
 中学生で一人暮らしなんて、なにかよっぽどの事情でもない限り普通はしないものなんじゃないだろうか。ほとんど同じことを考えているのだろう木野と目があって、音無は眉を下げた。そういう、トクベツな事情の匂いがする話はあまり得意ではなかった。

 音無が口を噤んでいると、木野はすぐになんでもないように笑って会話を続けた。木野は人の心の機微を読み取るのがうまい、優しい先輩なのだと一緒にいた僅かな時間からでも音無は知っていた。


「そうなんだ。それじゃあ、お料理とかは大変じゃない?」
「あー……料理はね、その、外食とかお弁当で済ませてるから」


 その返答に思わず音無の眉が寄った。隣を見ると木野も同じように眉を寄せていて、井端だけが気まずそうな顔で視線を逸らしている。


「それはダメよ、井端くん。男の子はこれから成長期だし、特に部活をするんなら尚更食事には気をつかわなきゃ!」
「そうですよ、井端さん! スポーツ選手にとって、食事は練習と同じくらい大事なことなんですよ!」
「う、ん。わかってはいるんだけど……あ、そうだ」


 突然なにかを思いついたように顔を明るくした井端に、訝しむような視線を音無は送る。なんだかろくなことを言わないような気がした。


「木野さんが作ってよ」


 へ、と木野が小さく口を開けた。


「それなら解決するんじゃないかな。木野さんの料理は美味しいって円堂たちも言ってたし」
「え、円堂くんが?!」
「うん。作ってくれる差し入れが美味しいって。きっと木野さんが作ってくれる食事って、美味しいだけじゃなくて栄養面とかもしっかり考えられてるんだろうね。木野さんを奥さんにもらえる人は幸せそう」


 え、とか、あ、とか意味のないことを呟きながら木野の顔は段々赤くなっていく。止めとばかりの最後の一言に、木野は可哀そうなほど顔を赤くして俯いてしまった。

 そんなことないよ、と小さく返す木野をにこにこと優しげな完璧スマイルで見つめる井端に、音無は思わずじと目を向ける。木野をダシに井端が話題を変えたことに、音無はきちんと気付いていた。

 優しそうに見えて、食えない人。

 声に出さずに呟いた音無の言葉が聞こえたかのように、井端が悪戯っぽく笑った。





[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -