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▼ 我儘


 下駄箱に上履きを押しこむと靴を引っ掛けて部室に向かって走った。
 ホームルームが終わってから既に一時間以上が経っている。わざわざ言うまでもないけど、完全に遅刻だ。


 それもこれも全部、日直の仕事のせいだ。


 というよりも、日直の仕事にかこつけた先生からの雑用のせいだ。まさか、ついでという理由で準備室の整理まで手伝わされるとは思ってもいなかった。それでもテキパキと終わらせたつもりだけど、初日から遅刻だなんて心象は最悪だろう。

 染岡くんは僕の入部に少なからず反感を持つ。それが分かっている以上、自分から印象を悪くするような真似は避けたかったのに。

 はあ、と遣る瀬無さから大きく息を吐きだすとようやく部室が見えてきた。何度か遠目から見かけたことのあるボロ……じゃなくて、年季を感じる部室だ。あらかじめ半田から話を聞いていなかったら、部室だとは絶対に思わなかっただろう。

 足を緩めて近づくと、ちょうど部室の裏側からジャージ姿の女の子が顔を出した。見覚えのない子だけど、ここでジャージ姿でいるということはサッカー部のマネージャーだろうか? ゆるく癖のついた髪と、赤い縁のメガネが印象的なぱっと見でも可愛い子だ。


「こんにちは」
「……!」


 目が合ったのでとりあえず笑顔で挨拶をすると、女の子が驚いたようにぽかんと口を開けた。

 かと思うと、いきなり


「せせせせせせせんぱいーーーー!!!!!」


 と叫び出した。不意打ちだったこともあっただろうが思わず肩がびくつく。

 ……叫ばれるほど僕の顔って酷かったんだろうか、とちょっとショックを受けた。


「な、なに?!」


 すぐに慌てた様子で部室の裏側から現れたもう一人のジャージの女の子と目が合って、ほとんど苦笑に近い笑みを浮かべながら片手をあげた。


「えーと、今日から入部した井端邦晶です。よろしくね?」




 僕を見て叫んだあの女の子は、同じく今日入部したばかりのマネージャーの音無春奈さんというらしい。溌剌とした笑顔がトレードマークの、元気いっぱいな一年生だ。

 そしてその音無さんと木野さんと並びながら、僕は仲良く洗濯物を畳んでいた。
 円堂たちが河川敷での練習からそろそろ帰ってくる頃らしいから、木野さんたちの仕事を手伝いがてら待つことにしたのだ。仮にも一人暮らしだし、洗濯物の扱いぐらいお手の物だ。

 しばらくしてだいぶ溜まった洗濯物を部室に運んでいると、どこからか名前を呼ばれた。なんだろう、と思って探すと、円堂が少し離れた所からぶんぶん手を振りながら走り寄ってきている。どうやら河川敷から戻ってきたらしい。


「井端ーー!!」


 それにしたって馬鹿でかい声だ。

 呆れたような、くすぐったいような気持になりながら部室に運びいれる途中だったタオルの山を片手に持ち替え空いた手で振り返す。すると、円堂の顔が一層弾けた。

 なんか、犬みたいだ。

 そう思っていると、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。振り返ると、木野さんがおかしそうに笑っている。僕と話していた時は少しぎこちない感じだったから、木野さんの自然な笑みはこれが初めてのような気がした。ついじっと見ていると、僕の視線に気づいた木野さんの顔が少し赤らんだ。


「あの、井端くんどうかした?」
「あ、ごめん。木野さんの笑った顔すごい可愛かったから、つい」
「?!」


 途端に、木野さんは顔を真っ赤にして言葉もなく固まってしまった。

 その反応を見て、あれ、と微かな違和感を抱きながらも「もちろん普段もステキだよ」とにっこり笑うと木野さんは眉を寄せて顔をそむけてしまう。


「井端くん、からかってるでしょ」
「どうして、からかってなんかないよ」


 それでも疑わしそうな、困っているような視線に「ホントにそう思ってるんだけどなあ」と笑うと、木野さんの顔がまたみるみる赤くなってしまった。


「た、タオルは私が片づけとくから、井端くんは円堂くんたちを迎えてあげて!」


 そう叫ぶと、僕からタオルの山を奪って木野さんはさっさと部室に引っ込んでしまった。バン、と少し乱暴な音を立てて閉まった扉を見ながら頭を掻く。


 うーん……怒らせちゃったのか、照れさせてしまったのか。


 お世辞や嘘なんかではなく、円堂を見て笑う木野さんはすごく可愛いかった。だからそれを正直に言っただけで、特別悪いことをした訳じゃない……と思うん、だけど。でもやっぱり、こういうことはあまり言わない方がいいのかもしれない。これでも人は選んでるつもりなんだけどなあ……。

 悪い事をしてしまったかな、と思いつつグランドの方に身体を反転させると円堂が目の前に立っていた。ぎょっと目を剥いて後ずさりしてしまった僕を、彼は微妙そうな顔で見てくる。


「あー……お帰り、円堂」


 誤魔化すように、へら、と笑うと円堂は微妙そうな顔を継続させたまま頷いた。


「いまの木野だよな。井端なにかしたのか?」
「べつになにもしてないよ」


 たぶん、と小さく付け足すと円堂は部室の扉をちらりと見てから首を傾げた。


「まあなんだかよくわかんないけど、木野が怒るのって珍しいしちゃんと謝っとけよ」

 うん、と頬を掻きながら頷くと今度は一郎太くんが現れた。相変わらずの爽やかな笑顔で「ただいま」と口にするので、僕も「おかえり」と返す。


「二人して、なに話してたんだ?」
「いや、まあ……。たいしたことじゃないよ、たぶん」
「おう。たいしたことじゃない。……たぶん」
「は? なんだそれ」


 訝しそうに眉を寄せる一郎太くんに苦笑を向けながら、話題を逸らす為に一郎太くんの背後に視線を投げた。


「ところでさ……えっと、なにか用かな?」


 この間の試合に出ていた一年生だろう。見覚えのある、やけに個性的な四人組がキラキラした目で僕を見ていた。一郎太くんと会話を始めた辺りかその前から、視線が突き刺さっていて気になっていたのだ。


「ああ、そういえばきちんと部員の紹介してなかったな! 左から……」
「一年DFの栗松鉄平でやんす!」
「同じく一年DFの壁山塀吾郎っス!」
「さらに同じく一年MFの宍戸佐吉です!」
「さらにさらに同じく一年MFの少林寺歩です!」


「「「「よろしくお願いしまっす!」」」」


「あ、うん……、よろしく」


 勢いに押されてほとんど反射的に返事をした。取り繕うとして笑顔を作ったけど、きっと引き攣って失敗している。

 それでも一年生たちは眩しいものでも見るように僕を見ているし、口々に「やっと先輩とお話できてすごくうれしいです!」だとか「ずっと憧れてたでやんすよ!」だとか騒ぎ立てている。一年生たちの壁の向こう、押しやられる形になった一郎太くんと円堂は苦笑しながら僕らを見ていた。


「けっ、初日から遅刻たあいいご身分だな」


 その壁を崩してくれたのは、幸か不幸かいかにも不機嫌ですといった風情の染岡くんだった。ふん、と鼻を鳴らして気にいらなそうに僕を見下ろしている。


「染岡くん。遅刻してごめんね、これからは気をつけるからよろしくしてくれると嬉しいな」


 先程まで元気に騒いでいた一年トリオが顔を青くして染岡くんの様子を窺っているのを尻目に、僕は笑顔で片手を差し出した。けど、染岡くんが取り合ってくれるはずもなく、まるで嫌なものでも見たかのように露骨に顔を歪められる。


「誰がお前なんかとよろしくするかよ。俺はもとからお前みたいないけすかねえ胡散臭い奴、嫌いなんだ」
「そっか……それは残念だなあ。僕は染岡くんみたいなタイプ、結構好きなんだけど」
「はっ、ほざけ」


 ……割合本心からの言葉だったのに、一蹴されて終わってしまった。

 少し寂しいな、と思いながらも大人しく片手を下げると離れた所にいたはずの半田が前に出てくるのが見えた。


「おい染岡、もういいだろ。部室入ろうぜ」
「半田、だけどよ」
「いいからいいから。こんなとこで時間潰すのも惜しいしさ。井端も、あんま挑発するようなこと言うなよな」


 咎めるような口調でそう言って、半田はぐいぐい染岡くんの背を押していく。今日初めて顔を合わせたのに、それ以上僕には見向きもなしだ。

 ……なんかこう、面白くない。

 半田にまともなこと言われたからムカつくんだろうか。もやっとした感情がいかにもガキ臭く、曖昧に笑い返すことしか出来なかった。


「……これからがんばれよ、期待してるからな」


 すれ違い間際に微かに聞こえた声と、肩に触れた温もりでそれすらなんともなくなるなんて、僕は意外に現金な奴なのかもしれない。






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