calling you(使用不可) | ナノ


▼ 精一杯チキンハート


 元の世界に帰ることも、ヒントすらも得られないまま僕は年を越していた。


 あのだだっ広い部屋ではなく、半田の家で。


 僕が一人で年末年始を過ごすことを知った半田のお母さんが、この忙しい時期にも関わらず僕を家に招待してくれたのだ。
 家族水入らずを邪魔するのは悪いからと断ったのに、結局僕は必死の形相をした半田に引きずられて連れてこられてしまったのである。


 そんなこんなで、僕は大みそかから元旦までを半田家で過ごすこととなった。


「せ・い・しゅ・ん! お・で・んー!」
「……どうした、井端」
「……いや、うん、この歌って中毒性あるよね」


 半田は呆れたような顔でそうかよ、と頷きながら蜜柑の皮を剥いている。すっぱい匂いが僕の方まで届いてきて、僕は無言で半田に手を伸ばした。
 半田も無言で僕の手の上に半分に割った蜜柑を置いてくれる。それを一房ずつ食べながら、僕はおこたに埋まってこうしてごろごろする幸せを噛みしめていた。


「はあ……やっぱり冬といえばこたつに蜜柑だよね」
「冬の醍醐味って感じではあるよなー」


 寒いのが苦手だから、僕は冬の季節が嫌いだ。
 だけど、こうやってぬくぬく暖かいものに囲まれてゆっくりする時間は好きだ。


 ……そう思っていたのだけど。




「……さむい」
「言うなって……。余計寒くなるだろ」


 いつまでもごろごろしている僕らを見かねたのか、半田のお母さんによって僕らは外に叩きだされてしまった。
 そんなにヒマなら初詣でも行ってらっしゃい、とのことである。

 ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めながら背を丸めて僕らは歩きだす。
 深まった冬の冷気は太陽の光にすら暖まらず、容赦なく道行く人々を撫でつけていった。いいお天気なのに、馬鹿みたいに冷えている。

 そんな風に何もしなくても寒いのに、綺麗に笑った半田のお母さんの顔が脳裏を過ぎってしまった。
 ぶる、と背筋が震える。
 横を見ると半田の顔色も青くなっていて、お互いの顔を見合わせて苦笑した。

 僕も半田も、半田のお母さんには頭が上がらない。
 僕の場合は、一人暮らしが知られてから度々泊まりや夕飯に招待されてしまっているせいだ。何度断ったことかもう僕にすらわからないぐらいだけど、その度にあの手この手で絡めとられて結局いつもお世話になってしまっている。

 正直に言ってしまえば、半田のお母さんが僕にあれこれと気を回してくれるのはありがたい。
 食べ盛りで成長期なこの時期に、いつも外食で済ませるのは流石に限界があるからだ。
 温かい手料理も半田の家の温かさも、確かに僕にとって必要なものになっている。

 だから半田のお母さんにはすごく感謝している。愛情深い、優しい人だ。


 ……ただ、半田が自分の母親に頭が上がらない理由を聞かれたら、推して計るべきとしか言えない。


「ところで半田」
「なんだ?」
「神社ってどこ?」
「……おまえそればっかだな」


 疲れたような顔をする半田に、僕は空笑いを返すしかなかった。




****


「うわあ、やっぱ人混みすごいな」
「……うん」


 ちょっと帰りたくなってきた。
 どこからこんなに集まってきたのか不思議なぐらい神社は人で込み合っている。結構な広さがありそうなのに、群がった人々の熱気で真冬にも関わらず蒸気が見えそうなぐらいだ。
 中に踏み込んでいく勇気が中々持てなくて尻込みしていると、肩が何かにぶつかった。
 咄嗟のことで、ぐらりと体が揺れる。


「わっと、」


 なんとか両足で踏ん張って、転ぶのだけは阻止した。人が多いと本当に碌なことがないな。


「井端、大丈夫か?」
「うん、まあなんとか」


 心配げな顔をした半田にへらりと笑いかけてから、後ろから飛んできた謝罪の言葉に愛想笑いを貼り付けて振り返る。
 無難に謝罪しようとして、なぜか相手に遮られた。


「あれ、邦晶じゃんか」
「え?」


 聞き覚えのある声に相手をよく見ると、その顔には確かに見覚えがあった。特徴的な大きな目に、カラフルな帽子。マッスクだ、と気付いた瞬間隣から声があがった。


「うわ、久しぶりだなマックス」
「あ、半田もいたんだ。あけましておめでとー」
「失礼なやつだな……。あけましておめでとう」


 二人は和やかに会話を交わしているが、急に置いてけぼりにされた僕からしたら全く状況が掴めない。
 えーと、と戸惑って声を出すと、マックスが気づいて説明してくれた。


「僕と半田は結構前から知り合いなんだよ。ね、半田」
「おう。ってか、井端とマックスも知り合いなのか?」
「うん。僕らはこないだちょっとね」


 マックスの言葉にヒヤリとしながら頷き返すと、半田が感心したようにマックスを見た。


「おまえ、ホントに顔広いなー」
「まあね」


 半田の興味は完全にマックスにある。
 それを確信して、ひそかに胸を撫で下ろした。どこで知り合っただとか掘り下げられるのではないかと思ったけど、どうやら杞憂に終わりそうだ。フットサルをやってることは、半田にはまだ隠しておきたかった。


「それよりもさ、僕的にはきみらが初詣に二人っきりで来ちゃうぐらい仲良いってことの方が意外なんだけど」
「そこには触れるなよな!」
「……ほっといてよ」


 あえて考えないようにしていた今のシチュエーションをニヤニヤ笑いで突きつけられて、僕らは揃って顔を顰めることになった。




****

 マックスと別れて、列に並んでからたぶん一時間するかしないかぐらいだろう。
 ようやく僕らの順番が回ってきた。
 見よう見まねでお辞儀をして、手を打って、お賽銭を投げて願い事をする。細かい作法は覚えてなかったようだけど、半田は「こういうのはようは気持ちだ」となにやら熱心にお祈りしていた。


 僕はといえば。


「なあ、本当によかったのかよ。なにもお祈りしなくて」


 半田が訝しげに聞いてきた。半田のこの問いかけは神社を出てからもう二度目だ。

 そう、半田の言う通り僕は“神様”になにもお願いしなかった。


「うん、僕はべつに。“神様”だって一人分の枠が空いてちょっとは仕事も楽になったんじゃない?」


 茶化して答えると、半田がムッとしたように眉を寄せた。
 少し怒らせてしまったのかもしれないけど、僕は願い事をしなかった理由を半田に話す気はない。
 静かに微笑んだままの僕を見て、半田が瞳を伏せた。


「……そうかよ」


 黙ってしまった半田の隣を、僕も何も喋らずにゆっくりとした歩調で歩いた。

 剥き出しの頬を撫でる風はどこか柔らかくなっている。遠くの方で橙色に沈んでいく空を見て、初めて夕焼けが近づいていたことに気付いた。

 もう、そんな時間なのか。

 冬は時間が経つのが早い。そんなところも、僕が冬を嫌いな理由の一つだったりする。


「早いね、もう夕焼けが見える」


 半田が僕の言葉に反応して、落としていた視線を上げた。

 冬の夕焼けは、夏と違ってその美しさは刹那的なものだ。一瞬の華やかさのあとで、ふと目を逸らすとすぐに散ってしまっている。
 でも僕は、夏の夕焼けよりもずっと冬の夕焼けの方が美しいと思っている。様々な色を溶けあわせて、冬の夕暮れをその短命さで彩る姿に惹かれるのかもしれない。

 冬の好きなところの、数少ない一つ。


「……もう元旦も終わりなのな」
「そうだね」


 半田は寂しそうに呟くと、溜息を落とした。
 そして僕を振り返ると、仕方なさそうに笑う。


「ばーか、なんて顔してんだよ」
「え?」


 なんのことだかわからなくて聞き返すと、半田はいきなり僕のマフラーを上にずらした。あまりにも唐突だったから抵抗も出来ずに、視界が急に塞がれる。真っ暗の中で、半田の声だけが聞こえた。


「なんだか知らないけどさ、すごい寂しそうな顔だったぞ」
「……」


 寂しがっていたのは、半田の方のくせに。

 心の中でだけ文句を言って、マフラーを元の位置に戻す。
 いつの間にか僕の数歩先に進んでいた半田が、ニッと笑いながら僕にVサインをしてきた。


「あけましておめでとう! 今年もよろしくな!」


 半田の後ろから橙色の光が零れて、僕の目を焼いていく。

 まったく、半田こそバカだ。


「……うん。あけましておめでとう」


 今年もよろしく、と付け足すとマフラーのお返しをプレゼントする為に僕は駆け出した。





[ back to top ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -