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▼ 痛いほどの純粋性


 僕がトイレから教室に戻ってくると、珍しいことに半田が誰かと言い合いをしていた。

 といっても、喧嘩とかそういう険悪な雰囲気じゃない。どちらかというとじゃれあいみたいな感じだ。
 半田はめんどくさそうな顔をしているけど、それ以外はいつも通りだからきっと間違っていないのだろう。
 だから僕は、半田よりも相手の方が気になった。後姿になんとなく見覚えがあるような気がするのだ。

 んー……誰だろう?

 僕の知り合いは少ない。

 移動教室かなにかで見かけたとか、そんな感じだろうか。

 考えながら、自分の席へ戻る為に彼らに近づいていく。

 角のように持ち上がった髪形に、オレンジ色のバンダナ。
 なにかが僕の記憶の琴線に触れていて、それが喉の辺りまで出かかっている。
 あと少しで思い出せそう、そんな時だ。

 半田が吠えた。


「だーかーらー、今日は用事があるんだって言ってるだろ! サボリじゃねえ!」
「じゃあその代わり昼休みぐらい良いだろ! サッカーしようぜ、半田!」


 口を挟むつもりは全く無かったのに、僕の口が意志に反して勝手に動く。
 

「サッカー?」


 僕の言葉に反応してだろう、くるりと特徴的な頭が振り返った。
 すぐ後ろに立っていた僕を見て、不思議そうに彼の目が瞬かれる。半田も不思議そうな顔をした。


 ……どうしてこうも僕はサッカーに反応するんだ。


 自分の迂闊さに溜息をつきたくなっていると、少年が戸惑ったように口を開いた。


「えーと、きみは?」
「……話に割り込んじゃってごめんね。僕は井端邦晶、この間このクラスに転校してきたんだ」


 よろしく、と付け足すと爽やか全開な満面の笑みが返ってくる。


「そっか。俺は円堂守! 井端もサッカー好きなのか?」
「好き……、だけど」
「俺も大好きなんだ!」


 ……咄嗟に答えてしまったけど、これどんな会話?

 僕の答えに、円堂はさらにキラキラと顔を輝かせる。勢いに押されて思わず半田に助けを求めると、ちょっと疲れた顔をしていた。
 ……なんだか、苦労しているらしい。


「円堂、井端戸惑ってるだろ」
「だってさ、同じサッカー好きを見つけたんだぞ! もしかしたらサッカー部にだって入ってくれるかもしれないじゃないか」
「いいか、円堂。物事には順序ってものがあってだな……」


 くどくどと半田は説教を始めたが、円堂はたぶんその半分も理解していない。ただ首を上下に振っているだけだ。色んな意味で大丈夫なのか、僕はちょっと心配になった。

 しかしそれよりも、僕の耳は気になる単語を捉えていた。


「サッカー部、って……」


 小さく呟いたはずの僕の一言に、耳聡く円堂が答える。


「俺、サッカー部のキャプテンやってるんだ! 半田も部員なんだぜ」
「へ、え。半田、サッカーやってたんだ?」


 そんなこと、全く知らなかった。

 僕らだって常に一緒にいるわけじゃないし、そもそも僕が転校してきてからまだ日が経っていない。
 だから、知らなかったのは当たり前なのかもしれない。

 けれど。

 僕が視線を向けると、半田は気まずそうに顔をそむける。


「……まあ、一応」
「一応、か」


 真剣に取り組んでいるわけじゃないのかな。
 なんだか色々とありそうな半田の様子に曖昧に笑うと、また円堂が口を開いた。


「なあ、井端も一緒にサッカーやろうぜ!」
「あー、ごめん。僕はサッカー部には入るつもりないからさ……」


 なんとなく予測していた流れだったから、事前に用意した回答通り断る。
 すると、円堂の眉が見事な八の字になった。あまりに悲しそうな目をするので、ちょっと怯みかけてしまう。


 でも僕だって、これだけは譲れない。絶対に譲れない、ことなのだ。


「どうしてもダメなのか? 井端、サッカー上手そうなのに……」
「うん。家のこと、色々やらなきゃいけないから」


 申し訳ないな、とちょっと罪悪感を抱えつつ家のことをだしにした。眉を下げて、少し目を伏せていかにも訳あり風を装う。
 こう言えば、たいていの人間は深入りしてこない。
 前に家族のことを話した半田は、僕の言葉に少し顔色を変えた。


「円堂、無理強いはよくないって。井端のことは諦めろよ、昼休み俺が付き合ってやるからさ」
「え、あ、おう」
「よし、じゃあそろそろ教室戻れ。もうチャイム鳴るぞ」
「げ! やっべ、次移動だった! じゃあな、半田、井端!」


 バタバタと慌ただしく円堂が去っていく。二人でその背中を見送っていると、半田が苦笑した。


「ごめん、あいつサッカー馬鹿だからさ。井端にも事情があることちゃんと説明しとくよ。普通にしてたら、本当すげぇイイ奴だからさ」
「……うん、大丈夫。わかってるよ」


 僕が頷くと、半田はホッとしたように笑った。
 直後にちょうどいいタイミングでチャイムが鳴って、先生が入ってくる。慌てだす教室の空気をどこか遠くで感じながら、僕も自分の席についた。


「サッカー馬鹿、か」


 確かに半田の言う通りなんだと思う。いい子なんだろうな、というのはあの笑顔を見ればすぐにわかる。
 けれど今の僕にはサッカー部のキャプテンという肩書を気にせずにはいられなくて、素直に付き合っていけるかはわからない。


 じゃあ半田は。
 半田は、どうなんだろう。


 じくりと胸が痛んだ気がして、思わず手を宛てた。

 半田の優しさが、ちょっとだけ胸に刺さっている。僕は半田を利用しているだけなのかもしれないと、ふと思った。





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