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▼ ある猫の死


 ごくごくと、勢いよくペットボトルの中身を飲み下していく。乾いた喉を通り過ぎてゆく冷たさが心地よくて、思う存分そうしてから僕はようやく口を離した。


「おー、いい飲みっぷりだね」

 
 ふいに掛けられた声に振り返ると、カラフルな帽子を被った少年が笑いながら立っている。見覚えはあった。けど肝心の名前がうろ覚えで、僕は眉を寄せた。


「……マックス?」


 額に浮かぶ汗を握っていたタオルで拭いながら、記憶の端にあった名前を確かめるように呟いた。彼がうん、と頷いたことにほっとする。間違ってたらちょっと気まずいとこだった。


「隣いい?」
「どうぞ」


 少し端によると、彼は空いた空間に座って僕と同じように手に握っていたタオルで汗を拭った。そして顔を上げると、なんとなく彼を見ていた僕を振り返って笑いかける。


「お疲れ様、井端」
「マックスもお疲れ。さっきはありがとう、チームに僕も混ぜてくれて」


 チームというのは、フットサルのチームのことだ。

 僕はいま近場のフットサル場に来ていた。

 いまだけじゃなく、ここ最近はトレーニング終わりにこうしてフットサル場に寄ることが多い。
 誰かとサッカー出来ない分、フットサルで鬱憤を晴らそうとしているのだろう。……自分の事に「だろう」というのは変な言い方かもしれないけど、実際に晴らせているのかと言われるとそうじゃないのだから仕方ない。

 マックスは軽く首を左右に振った後、不思議そうに首を傾げた。場違いかもしれないけど、彼がこういう仕草をすると一種のマスコットのようだ。


「あのさ、井端は自分のチームとか作らないの?」
「僕って友達少ないからね」


 さらりと返答すると、予想外だったのかマックスの大きな黒目が瞬いた。目が大きすぎて吸い込まれそうだと思っていると、その目がちょっとだけ釣り上がる。冗談だと思われたようだ。
 ……いまのところ、友達らしい友達も半田ぐらいしかいないからあながちウソでもないんだけど。
 なんだか僕ってすっごい寂しい奴じゃん、と今さら気づいているとマックスがにやりと笑った。


「ふーん……。案外噂と違って茶目っ気あるんだね」


 なにかわからないけど、面白がっているような雰囲気だ。


「噂って?」


 また水分が欲しくなって閉めたばかりのペットボトルの蓋を開けていたから、マックスが楽しそうに笑みを浮かべたことには気づかなかった。


「あ、本人は知らないんだ? このフットサル場に、僕ぐらいの年ですごいプレイ見せる孤高の凄腕プレイヤーがいるって」
「なにそれ」


 孤高の凄腕プレイヤーって……。
 中二っぽい渾名に頬を引きつらせながら水分を口に含むと、マックスの黒目がキラリと光った気が――……なにやら嫌な予感がする。


「なんでもそいつは人嫌いらしくて、手癖の悪い女みたいにチームをとっかえひっかえ、勧誘にもつれなくってしつこくすると遊んでもくれなくなるとか。そのくせプレイは超一流で次々とファンを虜にしては知らんぷり、彼に心奪われた老若男女は数知れずって」


 ぶほっと吹き出しそうになった。慌てて口を手で抑えつけてどうにかこうにか含んだものを飲み干す。


「うわ、きたなーい」
「ど、どんな噂だよ! 人を娼婦かなんかみたいに……!」


 思わずうろたえてしまった僕に対して、マックスはにやにや顔を隠そうともしない。


「だよね。僕もそう思ったけど、さっき一緒にプレイしてみてわかったよ。僕はあんま技とか詳しくないからわからないけど、ボールを自分の手足みたいに扱っちゃって……。あれが独壇場っていうの?」


 こんな感じでさ、などと実演してみてくれるマックスを視界から消すためにタオルに顔を埋めた。褒められてるのか文句を言われてるのかわからない。


「僕は喧嘩でも売られてるのかい、マックスくん」
「いやいや、純粋にカッコイイって褒めてるんだよ、井端くん」


 そんな風には聞こえないんだけど。
 飄々とした声に溜息を吐きだして顔を上げると、マッスクはさらに言葉をつづけた。


「噂通り、いや噂以上にすごかったよ。これはマジでね。わざわざ時間帯合わせて通った甲斐があった」
「……暇人め」
「顔赤いけど」
「うるさい」


 なんなんだコイツ、外見と違って全然可愛くない。半田の方がまだ可愛げある……。
 僕が顔を反らすと、マックスは楽しげに笑い声を零した。


「まあ正直、それだけじゃなくて下心含みなんだけど」
「チームの勧誘とかならお断りだからね」


 なにか言われる前にすっぱり切りつける。
 最近じゃそのウワサとやらのせいなのか知らないけど、チームへの勧誘は全然受けていなかった。それでもゼロじゃないから、一応断っておかなきゃならない。
 僕にはどうしても、特定のチームを作ることは出来ないんだから。

 マックスは変わらない笑みを含んだまま首を左右に振った。どうせそんなとこだろうと思っていた僕は予想外で、ぽかんとしてしまう。
 じゃあなんでわざわざ僕に話しかけてきたんだ?
 疑問の答えはすぐに返ってきた。


「僕、普段フットサルなんてやらないし。単純にきみへの興味だよ、同じ雷門生として」
「え……。同じ学校?」
「うん」


 ニコニコとした彼の笑みは崩れない。フットサル場には珍しく(外見が)同じ年ぐらいの子がいる、と挨拶の時から思っていたのだけど、まさか同じ学校だったなんて。


「え、本当に?」


 再度聞き返した僕に、マックスは気分を害した様子もなく、それどころかむしろ上機嫌そうに頷いた。


「マジマジ。僕、きみの隣のクラスのマックスこと松野空介。きみはこないだ転校してきた井端邦晶でしょ?」
「あ、当たってる……。けどなんで僕の名前なんて知ってるの?」


 まさかの展開に頭がついていかなくて、考えるだけの余裕もなく新しく沸いた疑問をそのまま口にする。
 するとマックスは、楽しそうな笑みを見せた。それを見た僕の背中に嫌な予感が走る。
 やっぱいいと制止の声をかける前にマックスは答えた。


「転校生としての井端邦晶くんも噂の的なんだよねー。ルックス良し、性格良し、頭脳明晰、運動神経抜群で『白馬の王子様みたあいはあとっ』てね。まあそれだけの優良物件なんて滅多に見ないし、早速モテてるみたいじゃん? 三年のアイドルも夢中みたいだし、さらに深い情報によると今日までに告白された数はー……」「もういい!」


「え、そう?」


 きょとんとした顔に、僕は手元のタオルを思い切り投げつけてやりたい気分になった。
 僕を辱めるのが目的なんじゅないかと勘繰ってしまうほど、マックスの口からすらすら出てくる言葉は僕の羞恥心を尽く刺激していく。

 僕にプライバシーはないのか!

 投げつける代わりに顔を埋めると、マックスは軽やかな笑い声を上げた。


「あはは、照れ屋なんだねえ」
「……うるさい」


 もう文句を言う気力もなくて、僕がそのまま項垂れているとマックスはそういえばさ、とまた口火を切った。



「井端ってサッカーやってるの?」



 息が詰まるかと思った。

 いくらなんでも唐突過ぎて、タオルに顔を埋めたまま硬直してしまう。
 そのまま答えられないでいると、マックスは好きなように言葉を並べていく。


「フットサルやってる奴ってサッカーやってる奴多いって聞くし。確か雷門にもサッカー部あったような気がするけど―……まあ、井端の実力的にクラブかなんかでしょ?」


 タオルがあってよかった。
 なんでもない顔を繕ってからタオルを離すと、僕はマックスの方を見て笑う。


「ううん、いまはサッカーやってないんだ」


 自分から聞いておいて、マックスは興味が薄そうな顔でふぅん、と頷いた。
 その顔に、どうやら深く突っ込まれることはなさそうだと安心していると、マックスはまた言葉を繋げる。

 コートの方から、歓声が聞こえた。


「サッカー面白かった?」
「……うん。サッカーは、楽しいよ」


 絞り出した言葉にも、やっぱりマックスは興味が薄そうな顔でふぅん、と頷く。

 サッカーは、楽しい。

 それは紛れもなく、僕の本心だ。


「確かにそんな顔してる。じゃあ邦晶、僕もう行くから。また学校でね」
「え、ちょ……!」


 言うだけ言ってマックスはさっさと去って行った。小さくなる背中に伸ばしかけた手を下して、僕は肺の空気を押し出すように溜息を吐きだした。


「名前呼び許可してないんだけど……。なんか、調子狂わせられる子だったなあ……」


 頬を掻いて、僕は僅かに残っていたペットボトルの中身を飲み干すことに集中した。空になったペットボトルを近くのゴミ箱にシュートすると、荷物を纏めて帰り支度を始める。と言っても荷物らしい荷物はほとんどないので、ほぼ手ぶらに近い状況なのだけど。
 コートの脇を観衆に混じってすり抜けながら、僕は苦笑した。

「そんな顔してる、か」





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