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▼ 半田視点8~9話


 明日は部活が休みだからと、昨日ゲームをやりこんで夜更かしをした影響だろう。朝だというのにもう瞼がくっつきそうだ。
 どんなに目を擦っても、手を抓ってみても、朦朧とする意識を覚醒させることができない。

 今日は英語の授業が二連続の日なのに、これじゃ絶対寝るじゃないか……。

 英語の先生はそういうことに厳しい先生なうえに、俺は英語が苦手だ。二つの意味でこの先生の授業を寝るのはマズイ。
 いまさら後悔がやってきて、俺は溜息を吐いた。

 これでも、朝起きて学校に来るまではよかった。
 校門を抜けて教室までの道を一緒に歩いたマックスとも、ここ最近一年の間でもちきりの近々転入してくるらしい転校生の噂で盛り上がれた。
 けど椅子に座った途端だ。
 急に眠くなって、がやがや騒がしい教室の中でもそれを子守唄代わりにして文字通り意識が飛びそうになった。

 厄介なことに、喧騒というものは飢えた睡魔となんの関係もないどころか味方をするらしい。

 半分以上閉じかけている瞼をこじ開けようと格闘していると、急に衝撃が走った。もたれかけていた机に何かが当たったらしい。
 咄嗟に開かれた両目で確認しようとすると、前の席の奴のしたり顔にぶつかった。


「よお、半田。起きたか?」


 口ぶりからして、こいつが机を揺らしたようだ。文句を言おうとしたが、その言葉が口から零れる寸前にお礼の言葉に変更する。
 教卓の前には担任が立っていた。

 いつもと変わらない日常の幕開けである。

 俺はそう疑いもしなかったから、ただゆっくりとした眠気と闘いながら頬杖をついて窓の外を見ていた。
 今日も昨日と同じようにいい天気だが、やっぱり気温は徐々に下がってきている。そのお陰で外にいる間は眠気も感じずにいられたが、確実に冬将軍は日本へと進軍してきているらしい。そしてまた、冬が来る。


 冬の次は、春だ。


 春、となんとなく口の中で呟いてみた。
 春と言えば、思い浮かぶのは円堂の顔だ。最近は口癖のように春になったらFF大会、FF大会と言っている。
 皆で優勝するんだと円堂は顔を輝かせて夢を語っていた。いや、円堂のことだから、夢だなんて思っていないんだろう。それはきっと、そう遠くない未来に俺たちが現実として掴むものだと信じている。
 けれど。
 俺には時々、円堂の語ることが夢物語に聞こえる。
 部員数はマネージャーを含めてまだ四人。これで優勝だとか、そういうレベルの話ではない。そもそも、エントリーすら出来ないだろう。円堂もそんなことは、よくわかってるはずだ。
 けれど円堂は諦めない。春になったら新入生を捕まえて、FF大会に出場して優勝したいと本気で思っているのだ。
 ……だから夢を語る。
 その前に俺たちが折れてしまわないように。挫けて、サッカーを辞めないように。
 円堂はそんな風に考えていないのかもしれないけど、実際俺たちは何度も円堂の語る夢物語に救われてきた。
 けれど、


「限界が近いよ、円堂……」


 四人で進んできた道は、決して楽じゃなかった。馬鹿にされたり、見せものになって笑われることの方が多かった。
 その度に我慢して、励まして、励まされて、立ち向かって、泣いて、笑って。
けれどもう、熱が消えそうになっていた。胸に灯った蝋燭の火は僅かで、揺らめいて吹き消されそうになってる。 

 冬が来て、その次は春だ。
 春が、近い。


「おい半田、手を挙げろ」


 急に現実に引き戻されて、俺は慌てて教卓の方に視線を戻した。頭の中で今かけられた言葉が反芻されて、中途半端に手を挙げる。状況を飲み込めていなかったから、返事もろくに出来なかった。
 そのままの体勢で固まっていると、見たことのない奴が俺の方にゆっくり歩いてきていた。
 誰だ、こいつ。心の中の質問に答えてくれたのは、とうの本人だった。


「僕、転校生の井端邦晶」


 よろしくね、と言いながら井端邦晶と言うらしいそいつは俺の隣に立って穏やかに笑った。キレイな顔立ちをしているから、そういうお上品な笑い方がよく似合っている。
 咄嗟に名乗り返すと、その微笑みが深まる。女子の視線が二割増しになったのを遠くで感じた。
 しかし、転校生?
 今日だったのかとか、俺のクラスかとか、感想は色々とある。
 けどなんでその転校生が俺の隣に立って、わざわざ挨拶をしてくれるんだ。
 疑問に思っていると、そいつはなんでもないような顔で俺の隣の席に座った。
 俺はただただ間抜けな顔で、そいつの顔を見ていた。





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