▼ 氷解
休み時間は質問攻め、唯一女の子から解放されるのは授業中。
そんなことで僕と半田が仲良くなるタイミングなんてあるわけがなく、僕は流されるままにお昼休みを迎えていた。
「ねえねえ井端くん。よかったら私たちとご飯食べない?」
後ろに数人の女の子を連れた子にそう声をかけられて、僕はどうしようかと迷った。
正直に言えば遠慮したいのだけど、誘いを断っておきながら一人でご飯を食べていたらちょっと気まずくないだろうか。
女の子の恐ろしさは経験として知っているつもりなので、僕は困り果てて眉を寄せた。
その時だ。
僕は妙案がぱっと浮かんで、ニコニコしている彼女たちに困ったように笑った。
「ごめん、お昼は半田に校内を案内してもらう約束なんだ」
「?!」
隣で弁当を広げようとしていた半田が勢いよく振り返ったのが見えた。
えー、と口々に文句を言う彼女たちを宥めながら追い返すと、半田が小声で詰め寄って来る。
「そんな約束してないだろ!」
「僕の為に放課後わざわざ残りたくないでしょ?」
「……た、確かにそうだけど」
「じゃあいいじゃん」
痛い所を突いたのか、半田の勢いがなくなる。すごすごと引き下がりはしたけど、彼は一度僕を睨みつけた。
……なんとなく気付いてたけど、彼は僕が嫌いなんだろう。
お互い一人で、しかも席は隣同士なのに一緒に話すでもなくそれぞれ黙々とご飯を食べている。
それでもと、僕は二個目のパンのビニールを破きながら、ひっそりと笑った。
僕は半田のことが嫌いじゃない。
なんていうか、あからさまにああいうリアクションをされると逆に構いたくなるのだ。
コンビニで買ってきたパンはもそもそとして味気なかったけど、僕はお茶と一緒にすべて流し込んだ。
****
休み時間の五十分のうち、僕たちは三十分程度の時間を使って校内をあちこち回った。
意外に半田は面倒見がいいのか、めんどくさそうにしながらも僕が聞いたことには全て答えてくれたし、ここは不良のたまり場だから近づかない方がいいとか、そんな注意までしてくれた。
これは普通に誤算だった。
だから出発地点の玄関が見えてきたところで、僕は半田に心から礼を言う。
「やっぱり、案内役が半田でよかったよ。わかりやすかった、わざわざありがとう」
「……いいよ、べつに。隣の席だしな」
照れたのか、頬を掻きながら半田は僕から視線を反らす。
もう一度ありがとう、と言うと半田は今度こそ唇を曲げた。
この感じなら、仲良く出来るかもしれない。
僕はそう思って、さらに半田に話しかけようとした。けれどタイミングがいいのか悪いのか、僕のポケットからなにかが飛び出す。
マンションのカードキーだ。
拾おうとすると、僕より早く半田が拾ってくれた。お礼を言って受け取ると、彼は不思議そうな目で僕の手の平に収まったカードを見ている。
「それ、なんだ?」
「ウチのカードキー。僕、この間あそこのマンションに引っ越してきたんだ」
校庭からでも見える、少し遠くの高い建物を指差すと彼は驚いた顔をした。
「え、井端ってあそこに住んでるのか? 俺、あのマンションの近くに住んでる」
確認するように半田が番地を言う。僕はまだ自分の住所を把握仕切ってはいないけど、その番号には確かに聞き覚えがあった。
なんていう偶然なんだろうか。
席が隣同士で家も近所とはなにか仕組まれているような気がするけど、今の僕には嬉しい偶然だった。
「あそこのマンションって中どうなってるんだ? 通り掛かりにいつも見てるんだけど、なんかあのマンションだけ他と雰囲気違うよなー」
「……半田」
いきなり饒舌になった半田にちょっと戸惑いながら呼びかけると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「なんだよ」
「あのさ……、今日一緒に帰ってもいいかな?」
「は? なんでいきなり」
訝しそうに半田は眉を寄せる。
確かにいきなりの誘いだったけど、僕は僕なりに真剣だった。
ここで半田を逃したら僕は悔やんでも悔やみきれなくなる、そんな予感がしていた。
「僕、引っ越してきたばかりでまだ道覚えてないんだ。今朝だって、迷った末に同じ制服の子のあとをつけてきただけだし……」
「……ようするに?」
「僕を迷子にしないでくれ!」
いきなり半田が笑い出した。
「おま、迷子って……!」
ヒイヒイ言いながら腹を抱える半田に僕は憮然とする。
正直に告白してるのに笑い出すなんて、風丸くんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。
……風丸くんと言えば、そうだ。
半田は風丸くんのことを知っているんだろうか。そもそも僕は風丸くんのことを外見と名前ぐらいしか知らない。
このマンモス校と言える雷門中の中から、それだけで風丸くんただ一人を見つけるのは難しいだろうか……。
それでも一応聞いておこうと、僕が口を開きかけると、半田の笑顔と視線がぶつかった。今までと種類の違う笑みに、自然と口が閉じる。
「ああ、一緒に帰ろうぜ」
「……ありがとう?」
はてなマークは余計だよ、と頭を軽く小突かれて、僕は仕返しに半田の足を踏んでやった。爆笑されたお返しとかでは断じてない。
半田はしばらくぎゃんぎゃん一人で吠えていたけど、僕が取り合わないのを見るとため息を吐き出した。
僕はそろそろ時間だろうと思って、脱力している半田の腕を引っ張って玄関へと向かう。
「お前イイ性格してる……」
「それはどうも」
「褒めてねーし」
半田はぶつぶつうるさかったけど、下駄箱で靴を変える頃には大人しくなっていた。
予鈴がなる。
バタバタと慌ただしくなる雰囲気を感じながら、僕たちが階段を駆けている最中半田が妙なことを聞いてきた。
「井端さ、なんかつけてる? 香水とか……」
「? べつになにも……ああ、制汗剤の匂いじゃない?」
「ふうん。そっか……」
半田は一人で嬉しそうに納得しだしたけど、僕にはなにがなにやらさっぱりだ。
まるで今朝と反対だなと、僕は思った。