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▼ 檻の中のパンダ


 緊張で寝られないということもなく、僕はあっさり転校初日を迎えた。

 一般的なドキドキワクワクよりも、もう一度中学生、それも一年生からなんて、むず痒さと居心地の悪さしかないので朝からげんなりだ。
 ……ただ、学ランに袖を通すときはちょっとドキドキしたけど。
 僕が通っていた学校の制服はずっとブレザーだったから、少し慣れないのだ。


 それでも、昨日雷門さんに言われた通りの時刻に学校に行って、職員室に顔を出した。

 僕のクラスの担任だという先生と軽く挨拶を交わして、ホームルームまでの時間をそこで潰す。
 細かい事務連絡を教えられてから、先生が申し訳なさそうに付け足した。

 どうやら、発送の手違いで僕の分の教科書が今日一日ないらしい。
 隣の席の奴に見せてもらえと言われてしょうがなく頷いたけど、転校生に対してのハードルがいきなり高い気がする……。

 時間が来たのか、先生と一緒にクラスに向かいながら、僕は軽く挨拶の内容を考えた。
 結局、名前と簡単な挨拶だけでいいかとすぐに妥協して、ざわざわと騒がしい教室で僕はつつがなく任務を終える。
 注目を集める為か二、三回手を打った先生は、1番後ろの窓から二列目の空席を指差した。


「井端の席はあそこだ。おい半田、手を挙げろ」
「へ? は、はい」


 ぽかんとした間抜けな顔で、彼は中途半端に手を挙げた。
 多分聞いてなかったんだろうなあ、と少し同情しながら僕はその席に近づく。
 半田というらしい彼の隣に立つと、僕はにっこり笑った。


「僕、転校生の井端邦晶。よろしくね」
「えーと……、半田真一、よろしく?」
「うん」


 語尾に付いている疑問符を感じながら、僕は席につく。多分、まだ状況を理解しきれていないんだろう彼だけがぽかんと僕を見つめていた。




****


「ねえねえ、井端くんって彼女いるのー?」


 僕は朝から抱えていたげんなりとした気持ちが余計に強くなるのを感じた。
 前はどこの学校だったの? に始まり、僕を取り囲む女の子たちからの質問攻撃はホームルーム終了直後から止まることがない。

 濁して、濁して、テキトーに答えていたのだけど、なにを言っても彼女たちはきゃあきゃあ甘ったるい声で歓声を上げる。
 さすがに好きなものを聞かれて、南瓜と答えただけで歓声が上がった時は本気で訳がわからなかった。

 今だって、そうだ。


「あー、いないけど……」
「うっそぉ! 井端くんカッコイイし、絶対いると思ったのに!」
「じゃあじゃあ、好きなタイプは? このクラスにいるー?」


 ……どうしよう、本気でどうでもいい。
 なにか期待してるようだけど、そもそも僕はこのクラスの誰もタイプじゃない。
 むしろ僕のタイプは精神年齢的にもっと年上だ。

 苦笑してごまかすと、彼女たちは勝手に想像しだした。面倒だったから口を挟まずただ笑っていると、しばらくしてまた質問が再開される。それは結局授業が始まるまで続いた。



 ようやく授業が始まると、僕は事情を説明して教科書を見せてもらう為に机をくっつけさせてもらった。半田は仏頂面で渋っていたけど、結局頷いてくれる。そして僕はそのお礼として、今朝先生が言っていたことを教えてあげた。
 ……本当は僕が頼みやすい奴に頼めと言われたんだけど、バレることはないからいいだろう。


「校内の案内役ぅ?」


 半田が抑えながら、それでも十分素っ頓狂に聞こえる声をあげた。

 器用だなと思いながら僕は頷く。
 半田には悪いかもしれないけど、彼が今朝話を聞いていなくて、僕は少しほっとしている。

 いきなり誰かに校内を案内してくれだなんて、頼みづらいにも程がある。女の子にはもううんざりだし、他の男子とはまだ一言も話していない。
 その点半田は話を聞いていなかったようだし、すべて先生のせいにすればいいだけだからやりやすい。

 綺麗な発音で英語の文章を読んでいる先生を見ながら我ながら腹黒いなと苦笑すると、隣からため息が聞こえた。
 ちら、と視線を飛ばすと、なんで俺がと言いたげな顔をして彼は頬杖をついている。


「……ごめんね、迷惑かけて」


 さすがにちょっと罪悪感を覚えたので素直に謝ると、半田はちょっと間を置いてべつに、と答えてくれた。

 ……せっかく隣の席なのに、この調子では仲良くなれるか不安だ。
 転校初日、最初から雲行きが怪しいことに僕は内心でため息をついた。





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